2018年06月12日

季節の移り変わりを楽しむ

紫陽花の美しい季節。

tucasa_8560_R.JPGお庭には平家物語の儚さを象徴する
沙羅双樹の白い可憐な花が、
季節感に相応しい夏着物の透けを表現している。

季節の変わり目は、体調の変わり目でもあるけれど、
月に一度のお茶事には、
単衣着物に羅帯とパナマ草履で出掛けた。

お茶席のお床は「清流間断無」のお掛け軸に
紙釜敷とお香合も清流。

低い立ちの風炉先屏風に割蓋の平水指。

この時期だけのお道具立て、
織部の馬盥(まだらい)茶碗と
紫陽花を想わせる薄紫色の平茶碗での

初夏の一服をゆったり噛み締め、
良き季節感を堪能させて頂いた。

大変貴重な赤織部と練込織部のお茶碗、
お菓子器の拝見も許されたのだけれど、

とりわけ亭主のお心尽くしが何よりのおもてなしと感じ入り、
感謝に堪えなかった。

今からパッキングして明日パリに出掛ける。
パリは長い冬の厳しさを脱して、
束の間の夏の歓びを謳歌してるだろうか。

ケルト系パリシイ族から始まり、
民族の大移動による歴史と文化の重層性が
ロマネスクとゴシックを生み出した。

今設計している建築は、洗練と土着的、上品で荒削り。

今回は、演奏にも共通する
良い意味で脱力したフランス人の感性にも触れると思う。

せっかくパリまで行くのだから、
南仏のプロヴァンスと北イタリアのヴェネトにも
足を運んで建築詣でをしたいと思っている。

日本とは違った文化の重層性の空の下で、
音楽を見るように、様々な空間変移を聴く建築を考えたいと思う。

司建築工房

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posted by Koji at 20:03 | TrackBack(0) | お茶

2018年05月05日

レディース鍼灸院のレスタウロ

tucasa_casa_8269_R.JPG桜に続きハナミズキの花も終わり、
緑が際立って美しく感じられる立夏。

新たな鍼灸院づくりで、
施工の段取りと墨だしとともに、
工具を手にして

鍼灸院の院長先生と一緒に施工することを許され、
その楽しさを共有させてもらている。

大工道具や重機を揃えて、
何でも自分で手掛ける院長先生の姿勢に
狩猟時代の人間の輝きを垣間見る気がする。

tucasa_gou_ 197_R.JPG科学の進歩の恩恵と引換えに、様々な
しがらみに縛られている現代だからこそ、

好きなことに没頭するかけがえのない時間は
何ものにも代え難い。

既存のそば屋の内部を解体して、
既存の住設や電気配線の撤去、水道管の改変、

腐った土台の取り替えや不十分な断熱施工の補充から
床組み、壁起こし、天井下地と骨格が見えてきた。

自分が引いた設計図を現場で現寸法に描き写し、
施工していくと目の前に実在が姿を現す、、、
そんな密かな喜びを味わっている。

tucasa_gou_8208_R.JPGここは女性と子供のための鍼灸院だから、
やさしく癒される空間であるために
木をふんだんに使い、

長方形の既存空間に
三角形グリッドを導入することで

原始的な包容感を与え、
天井の高低差が空間の親密感を増す。

地続きのヨーロッパは、
歴史と地勢の異なる文化の共振が生まれ、
無数のバリエーションが存在するけれど、

ヘレニズムとヘブライズムとともに
ローマ文化を基盤としながら

多様な民族的起源が息づいた
ロマネスク文化の重層性に
魅力を感じてきた。

福岡県にある古墳時代の石室壁画に三角形の彩色文様があって、
直線と三角形を組み合わせた文様が、まさに今回のグリッドで、
この建築の室内の秩序となる。

異質なものの融合は、
日本が殆ど持つことができなかった感覚のように思われる。

tucasa_gou_8361_R.JPG今回初めての試みも二つ提案していて、
一つは、ビザンチン芸術の
円から始まる交点を結んで、

三角文様グリッドを導き、
そこから自由な幾何学模様を生み出した。

幾何学パネルを26枚刳り貫き加工して、
木の壁と一体になった
窓からの光の変容を生み出そうというもの。

その文様に子供たちが色んな想像力を働かせてくれることを
今から楽しみにしている。

三角形が根底のテーマとして流れ、
空間に様々な三角形がアクセントとして現れる。

手間は掛かるけれど、手間を積み重ねた先に
歓喜が訪れるはずだ。

tucasa_casa_8365_R.JPG追伸:GWは、自宅の木の簀子の組子
41本を全部新しいものに換えて、

木の風呂桶や木の風呂蓋も磨いて、
自然の風合いを損ねない撥水塗装を施した。

木の箸で確信を得て、
今度は簀子でも実験を兼ねて。


司建築工房

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posted by Koji at 13:45 | TrackBack(0) | 現場

2017年11月28日

鉋フィニッシュの椅子

霜月の紅葉のお茶事では炉のお点前になり、
我が家でも暖炉に火を熾し、火の神に酒を供えた。

今年は庭の木の葉の色付きも鮮やかで、
ゆずが黄色くなり始めた。

師走が間近に迫った近頃は、
好きな刳物の漆器を事務所に並べて
時折触っているんだけど、

深紅(ふかきくれない)のチェロケースと共に
朱漆のアカが生命感を与えてくれる。

tucasa_homes_ 057_R.JPG先日、徳永順男さんの鉋フィニッシュの椅子と
ご本人にお目に掛かるため銀座へ出掛けた。

ペーパーで木を擦らない生命感は、
いつか見かけた野生の鹿の輝きを彷彿させた。

腰のラインにピタッと納まる心地よさと手触り。

三次元ルーターでは出せない何かが伝わってくる。

人の心を打つ技術力を支える道具は、
見たことのない指先に収まる自作の鉋台に、
光り輝く玉鋼の刃で、

tucasa_homes_ 052_R.JPG自然と神聖なモノを扱うように
握らせてもらった。

火山によって地表に噴出した
花崗岩の風化による砂鉄を

粘土の炉で還元するタタラという
原始的な方法で鉄を取り出すらしい。

工業製品に囲まれた現代にあって、
人の手で作る意味を共感でき、

良き精神性に触れると
何も要らない幸福感に包まれる。

tucasa_homes_ 061_R.JPG人の住む環境が自然を覆い隠して、
新建材に囲まれてしまったら、
我々の想像力や感性は鈍るばかりだ。

人間は自然から遠ざかると病的になる。

僕が独立した2000年以前から人々は、
便利・快適を追求してイライラしていたけれど、

今や、AIやロボットに
人間の営みの一部を担わせようとしている。

日々の暮らしを支える住処や家具や料理は、
人の手で作ることが肝心だし、手掛ける醍醐味は失くしたくない。

取り分け、場というものが重要だと思うのだけれど。。。

人を癒し英気を養うのは、自然の生命力しかないのだから、
大地の樹木のような建築をこれからも肌感覚で作っていこうと思う。


司建築工房

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posted by Koji at 23:42 | TrackBack(0) | 交流

2017年10月28日

スポットライトを浴びて

豊川童謡祭りにて、合唱団の方から
低音の響きがほしいとお声を掛けて下さり、

豊川市文化会館大ホールで
チェロを演奏する機会に恵まれた。

tucasa_toyokawa_ 0041_R.JPGスポットライトを浴びて、舞台の上で弾く
貴重な経験をさせて頂けた。

集中して楽しく弾いて、
ひとつの音楽を作るひと時は、
かけがえのない想い出となりました。

終わってから、指揮者の方や団員の方々、主催者の理事長からも
良かったとお言葉を賜り、何よりの幸せでございます。

関係者の皆様に感謝申し上げます。

司建築工房

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posted by Koji at 20:56 | TrackBack(0) | 私ごと

2017年10月22日

ヴェネツィアでスカルパ建築を堪能

今回写真集で見てきたクェリーニ・スタンパーリアと
オリヴェッティ・ショールームをじっくり観ることができた。

tucasa_venezia_ 2171_R.JPGこんなところまでこんなデザインがされている
という連続で、
なかなか先に進めなかったんだけど、

移動するごとに展開していく
景色の空間構成を自らの美意識で、

素材を加工した幾何学的なパーツと
テクスチャーで組み合わせ、ディテール、
納まりを職人に伝えるための図面や

現場につきっきりで職人に伝えた仕事に想いを馳せ、
その妥協なき情熱に敬意を抱く。

tucasa_venezia_ 2249_R.JPGこれだけ意匠の連続する空間なのに
ずっと居られるのは、
茶室や茶庭と通ずるものがある。

料理を作る前に必要な食材を並べると
豊かな気持ちになるように
建築の素材たちがいい表情を見せている。

イタリア磨きや大理石の模様、
コンクリートのジャンカや骨材の質感、
真鍮のムラ、タイルの光沢、

抑制の利いた色彩と素材の厚み、
余白の美(間)と緻密な意匠が合わさって、
絶妙な緊張感を作っているのを身体で感じた。

きっと数奇屋建築の棟梁や庭師の親方が現場で
微妙な配置や材料寸法の決定の積み重ねの上に
総合的な調和を見出していくのと同じだろうと想像する。

tucasa_venezia_ 2980_R.JPG日本語で数寄という言葉が近いだろうか、
多様な文化の理解と

独自の視点で導かれた創造性、作風は
スカルパの好み、世界感の発露だろう。


これだけの設計を創造できるスカルパは
やはり凄い方です。

ライトの建築を観た後に感じたのと同様、
視覚的構成感覚としての日本美術の卓越性を見直したのでした。

司建築工房

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2017年10月15日

チョイ住み in Venezia 5

tucasa_venezia_ 1790_R.JPGある日、幾つかの小運河が交わる橋の上から
飽きることのない景色をながめていたら、

ゴンドラがやってきて、男性のバンドネオンに、
女性歌手の歌を聴けて、
特別な気持ちになったりする。

様々な方向の外壁面と水面が
反響効果を増すのだろう。

街で聞くおじさんの会話さえオペラのようだ。
まさに街自体が劇場のようだ。

tucasa_venezia_ 2423_R.JPG夕暮れのひと時は
ひときわロマンティックなんだけれど、

たまにはマオカラーのカラヤンスーツを着て、
フェニーチェ劇場へ。

ヴェルディの「ラ・トラヴィアータ」。
このフェニーチェ劇場で初演された演目だ。

tucasa_venezia_ 1884_R.JPGかつての貴族たちが埋めた
ボックス席からの観劇は貴重な体験だった。

観客も装飾もすべてが芸術の一部であり、
劇場の箱も音楽の一部で、
いかに場というものが大事かを痛感した。

ベルリオーズは、オペラは総合芸術だと言った。

日本にはこういったオペラ専用の劇場がないことを残念に思う。

その点歌舞伎は専用の劇場があるから
地方(じかた)さん、舞台芸術含めて、日本の総合芸術だ。

そしてお茶事こそ日本の総合芸術だ。

ある夜、教会でヴィヴァルディの「四季」を聴く機会に恵まれた。
ヴィヴァルディが育った街で聴くことは感慨も一入だ。

イタリア人による質の高い演奏を間近で聴けて、
教会に響く生の音は最高だった。

古楽器の弓で弾いてたんだけど、
バロックは教会で聴くように作られていると感じた。

その土地特有の街の空気感から様々な芸術が生まれる。

ヴィヴァルディの「霊感の調和」などは海のヴェネツィアの
自然の呼吸、街並みのリズムや華麗な輝きを感じる。

「四季」は海のヴェネツィアではなくて
本土の陸地で繰り広げられる四季の表現なのではないだろうか。

海の都に暮らすからこそ、
本土にある大自然というものに対する憧れを
表現したのではと勝手に推測してみる。

tucasa_venezia_ 2729_R.JPGこの街では演奏会に船で出掛け、船で帰る。

夜の大運河沿いの建物の部屋には
明かりが灯っていて、
優雅な雰囲気を伝えてくれる。

この街で生まれ育った建築家スカルパの
この街でのレスタウロを肌で空間体験できたことは、
かけがえのない学びになったのでした。

つづく。

司建築工房

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2017年10月14日

チョイ住み in Venezia 4

古代ローマ人は、公衆浴場に広い中庭を造り、
そこで子供たちも遊び、野戦病院でさえ中庭があり、
噴水や樹木、草花で満たされていた。

地中海世界では古代から中庭が一貫して使われてきた。

建物がぎっしり並んでいる通りからは想像もできない
地上の楽園のような空間だ。

tucasa_venezia_1784_R.JPG知的好奇心とロマンに溢れた商人たちは、
地中海世界の中庭に感動したに違いない。

ヴェネツィアの住宅は、
通路から一歩中へ入れば私的空間で、

中庭を取り込みながら、
徹底して快適性と独立性を確保している。

複数の家族が一つの建物に住んでいても
それぞれの中庭と階段を持ち、お互い顔を合わせることなく
プライバシーが守られるように巧みに作られている。

土地が少ないヴェネツィアの倉庫と居住部分を
上下に積み重ねる実用主義的な構成は、
日本における建築にも大いに参考になると思われる。

敷地の周辺環境を捉え、住む人の心理を考えた
見事な内部構成力は、良き刺激を頂いた。

古代ギリシャの広場アゴラや
1世紀頃ポンペイのウエッティ家の円柱廊で囲われた中庭、
ヴィラ・ロマーナの回廊などの原型があるけれど、

古代ローマの遺跡が残るお膝元のローマでさえ
廊空間によって囲まれた広場が作られるのは、
ルネサンス以降だったことはフィレンツェのところで書いた。

tucasa_venezia_ 3033_R.JPG1層目が連続したアーチのポルティコで、
2・3層目が2分の1の幅のアーチによる
旧行政館をはじめ、

開放感のある外壁によって囲まれた
サン・マルコ広場は、

サン・マルコ寺院がほぼ現在の姿になった
12世紀まで遡れるという。

中世のイスラム都市ではすでに
アーチのある回廊状の広場が
存在していたと思われる。

ヴェネツィア人は、サン・マルコ寺院の建立に着手した時から
研究機関が充実し、自然科学が発達したヘレニズム文化が融合した
ビザンチン帝国の東方デザインを変えていない。

tucasa_venezia_ 1981_R.JPGサン・マルコ寺院の
床の幾何学模様のモザイクには、

ビザンチンの知力の高さに
度肝を抜かれた。

イスラム芸術は幾何学パターンを
その背後の秩序によって複雑に織り合わせ、

中心性や無限性の概念を表し、
有機的な生命やリズムを体現する。

ドゥカーレ宮殿は、1層目の上に2層目が2分の1の幅の
尖頭アーチとゴシックの優美な回廊で廻らし開放感があり、

ピンクと白の大理石でモワレのような色気のある壁面と
回廊の床面も幾何学模様で織り成されている。

明治の日本にジョサイア・コンドルが招かれたように、
ギリシャ人技師がビザンチン様式の教会建築を指導し、
その後の住宅建築にもオリエントの影響を色濃く残すことになる。

tucasa_venezia_ 2145_R.JPG三列構成プランのヴェネツィアンゴシックが
街の独自のスタイルとして完成して、それは
ルネサンス、バロックにおいても踏襲された。

ルネサンス以降、建築家が
個性的な作風を競い合っていた時代でも

基本的には景観の変化に対して
慎重な考え方を持っていたから
この独特の中世的都市空間が守られてきたのだ。

日本では歴史的建造物を壊して、
小さな新築が建ち並ぶ風景に一変させてしまったけれど、

貴族の邸宅も庶民の家も、近代になって用途が変わり、
細分化されて使われていても、街の風景は持続させるのでした。

つづく。

司建築工房

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2017年10月13日

チョイ住み in Venezia 3

tucasa_venezia_ 2156_R.JPGヴェネツィアの街は百を超える
小島が集まってできていて、
島の周囲を石組で固定しながら

ただでさえ少ない貴重な地面に
住居は密集してくるんだけど、それを補うように
島ごとに公の広場と教会の用地を残した。

こうして70以上の広場と教区教会堂を中心とした
居住区の間に大運河と小運河が整備されていった。

家から狭い迷路を歩き、
明るい広場に出た時の解放感は、想像に難くない。

わざと広場に出る前で、ソットポルティゴを潜らせて、
より解放感を劇的なものにする演出もする。

密集した街に暮らしていても、広場があれば
天気のいい日は大広間のように寛げる。

広場の形も様々で、運河の潮の流れに従った
壁面線が描くラインは、人工的とは真逆で肌に馴染む。

tucasa_venezia_ 2404_R.JPG広場は、相互扶助の精神を育む、
運命共同体の縮図とも言うべき場所だ。

ヴェネツィアでは私より
公を優先してきたことは、
歴史が物語っている。

まだ外交官という概念がない時代から、
各国に大使を派遣して、商人にも報告する義務を課して、
最新の情報を集めることに重きを置いた。

一人の英雄、絶対君主を作らない制度と気風を徹底し、
皇帝でさえカノッサの屈辱がある時代、

どの権力にも属さず、神の代理人という名の
ローマ法王庁という従うべき権威にも

国益を損なうような命令や圧力には従わない、
政教分離のバランス感覚を備えていた。

tucasa_venezia_ 2329_R.JPG塩と魚介類くらいしか資源のない
干潟に作られたちっぽけな島が、

独立国家として生き延びるための覚悟を
街並みにも感じたのでした。

ヴェネツィア共和国の1100年間、
武力ではなく、人間力のもてなしによって、
街の魅力の虜にさせる平和外交をしてきた。

日本も欧米にはない誇れる日本文化を認識して、
おもてなしや粋に暮らす精神性の高い国民として
平和外交をもっと努力するべきではないだろうか。

つづく。

司建築工房

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2017年10月12日

チョイ住み in Venezia 2

滞在する住居は、路地からアプローチして
2階部分の小運河に面した素敵な部屋で、
窓からの景色は、歴史ある街に住んでいるという充実感がある。

tucasa_venezia_ 1997_R.JPGこの小運河沿いの路地から
職人さんが船で資材を搬入し、

夕方近所の親子が、
ここから船に乗り込んで出掛ける。

路地は小運河の対岸の景色を楽しむ
ビュースポットにもなる。

この小運河にこそ海の都ヴェネツィアの
日常的な素顔がある。

家には生活するのに必要なものはすべて揃っていて、
イタリアでは一家に一台あるという

直火式マキネッタもあるから、
毎日クレマのあるエスプレッソを嗜んだ。

13世紀頃アラブで飲まれていた珈琲を
最初にヨーロッパに持ち込んだのは、ヴェネツィア人だ。

近くの生協で食材を買い出しして、
家で食事をするのは寛げていい。

tucasa_venezia_ 1758_R.JPG滑車の付いた物干しから洗濯物を取り込んでいると、
ゴンドラに乗ったカップルとゴンドリエーレが
声を掛けてくれた。

朝と夕方には近くの教会の鐘の音が聴こえて、
向かいの煉瓦の塀やリオの木杭の上で
鳥が謳っている光景にも出会える。

ローマやフィレンツェの旧市街地では
車が走っていて、歩行は気を遣ったし、
騒音は街の営みの一部としてあったけれど、

ヴェネツィアでは道幅がヒューマンスケールで、
車がいっさいなく、全ての通りがまさに歩行者天国だから

車の騒音や排気ガスから解放されて、
安心して街歩きが堪能できる。

車社会の騒音がないサウンドスケープは、
人が癒される特別な街なのだ。

tucasa_venezia_ 2516_R.JPG中世の街並みの中で最も地中海的な
迷宮性を帯びたヴェネツィアの街は、
建築的手法に溢れている。

建物が両側から迫り、
狭い路地を折れ曲がりながら進み、
天井の低いソットポルティコを潜るから、

小運河に架かる橋の上が、
解放感に浸るホッとする場所になる。

tucasa_venezia_ 2661_R.JPGこうした歩く人の気持ちを考えて、
可能な限り橋の幅を広くしている。

対岸どうしの路地が
正面に重なるとは限らないから、

斜めに橋が架かり、
これがまた変化に富んだ風景を作っている。

建物を壊してまでまっすぐ通すようなことは考えない。
古い街並みを活かしながら豊かな空間を繋げていく。

迷路を歩く人の目線を考えて、
目線の先の様々な意匠で閉塞感を和らげ、
歩く楽しみに一役買っている。

tucasa_venezia_ 2390_R.JPG路地と小運河の織り成す
周辺の環境と上手く対話して、

歩くごとに見え方が変わり、
見え方の数だけ絵になる景色を作っているのだ。

こういう街並みで育ったからこその、
スカルパの空間構成や
人の目線を利用した意匠が腑に落ちる。

もっとも日本人の茶庭などはもっと繊細で。。。

敷石のリズムをわざと崩して、
緊張感と共に足元に目線を誘導して、

足元が安定した石に来た時、顔を上げると
ハッと息を呑む景色を見せるような。。。

この街並みは、通商で培われた、
人の心理を読むことに長けたヴェネツィア人の
知力の結集だと感じたのでした。

つづく。

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2017年10月11日

チョイ住み in Venezia 1

フィレンツェから電車でヴェネツィアへ。
通い慣れたボローニャを過ぎると、
広い平原の景色が続く。

6世紀、東ゴートを滅ぼした
ランゴバルト王国が支配して以来、
この平原はロンバルディアと云われ、中世が始まる。

この時ランゴバルト人の侵攻から逃れた人々が
ラグーナの島に逃れヴェネツィアを建設した、とされる。

tucasa_venezia_ 1679_R.JPGオーストリア支配時代の19世紀半ばに
全長5kmの鉄道の橋が開通するまでは、
船でしかたどり着けない街だった。

電車が海を渡り始め、
海の中にオレンジ色の島が見えてくると、

「旅情」のキャサリン・ヘップバーンほどは
大人げなくはなかったけれど、

隣のゲイカップルの見つめ合う笑みの狭間で
窓の景色にテンションは急上昇した。

サンタ・ルチア駅を降りると、
運河が目に飛び込んでくる配置には感動した。

tucasa_venezia_ 1680_R.JPGたいがい大地の中に川があるのだけれど、
ここは海の中に陸地がある。

はるか昔の先人たちが、
干潟に築いた海の都。

紀元前の古代ローマ人がすでに、
川に橋脚を造り橋を建設していた
ハードなインフラ技術を持っていたけれど、

海水を塞き止めなければならないラグーナの土木工事は、
陸地とは比較にならないほど
高度な技術を要し、難工事だったはずだ。

想像が尽きない先人たちの苦労の上に、
僕らは特別な感動を味わえることを忘れてはならない。

すぐ目の前がヴァポレット乗り場だ。
19世紀後半に駅とサン・マルコを結ぶ
ヴァポレットの運行が始まっている。

tucasa_venezia_ 1702_R.JPG最寄りの乗船口で降りるつもりが、
リアルトまで停まらない船だったんだけど、

心地よい風を感じながら、ゆっくり
大運河沿いのオリエントの文化が融合した

エキゾティックな建物を眺める感動は
少年のようだったと思う。

船でアプローチする玄関やロッジアの
開放的な連続アーチが水の中から建ち上がる都市風景は、
僕の心をわしづかみにした。

東方貿易時代にビザンチンの影響を受けた13世紀ゴシックから
古典主義のルネサンスや陰影のある優美なバロックまで、
窓の表情の華麗なる饗宴が目の前で展開される。

これらが当時のまま海の上に、今だに建っている。
堅い地盤まで打ち込んだカラマツの木杭と板が
今だに地面と建物を支えているのだ。

かつてのヴェネツィア商人は交易に生き、
オリエント文化を吸収して、
多様性という価値を見出した。

イタリアの他の中世の街並みが、
敵の侵入を防ぐ城壁で囲われ、
ファサードが閉鎖的で素朴な時代に、

アーチや円や花模様の開放的でエレガントな窓のデザインは、
当時訪れた人々にとってもかなりの衝撃だったに違いない。

しかも水辺と戯れる風景だ。
と言うより、海に囲まれているからそれができた。

弱みを強みに変える!逆転の発想が
ヴェネツィアにはある。

tucasa_venezia_ 1725_R.JPG同じように、9世紀頃の
ビザンチン帝国勢力圏内で交易をしていた、

聖マルコの遺骨を盗み出した
二人のヴェネツィア商人も

ビザンチンの文化水準の高さに
驚嘆したに違いない。

教会建築は大運河に正面を向けていて、
東西軸より街並みを優先させている。

大運河にかかる長さ約48mのリアルト橋は、
船の航行を跨ぐ大きなアーチの上に

両側から6つのアーチの店舗が中央に向かって上昇して、
中央で大きなアーチがロッジアのように開放している。

実は店舗は2列あって、階段が3列になって、
全体の幅が約22mある。

tucasa_venezia_ 1732_R.JPG滞在先までおおよその地図を頼りに通りを歩くと、
小運河を渡る橋の裏側に、水面にバウンドした光が
キラキラ揺れていて、しばし見とれてしまった。

ヴェネツィアで生まれヴェネトで活躍した建築家、
スカルパの原風景だろう。

橋の上から眺める両側の小運河沿に、
水の中から建ち上がるそれぞれの風景は、
見ていて飽きない。

tucasa_venezia_ 1735_R.JPG一見袋小路の行き止まりのように見えて、
進んでいくと、横に通路が繋がっている。
地図以上に実際はまさに迷路だ。

距離はそんなに遠くないはずなのに、
案外時間を喰ってしまったんだけど、

もう既にこの迷宮のような街歩きに
ワクワク感が止まらなかった。

つづく。

司建築工房

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posted by Koji at 21:54 | TrackBack(0) | 建築ツアー