2019年03月28日

スペシャルツアー in Kyoto 2

閑居の木漏れ日の木立の中を
起伏に富んだ苔生した庭の飛び石を歩いて、
もう一つの小高い築山にある飛濤亭へ。

tucasa_ninnaji_2500_R.JPGここはかつて、民衆のため幕府にものを申し、
幕末の尊王思想に大きな影響を与えた光格天皇が、

プライベートを楽しまれたという
葛屋葺き入母屋の田舎家風の素朴な茶室で、

庇は杮葺きになっていて、
外壁は弁柄を混ぜた土壁で、
躙口の代わりに貴人口になっている。

月を表現したという丸い下地窓に刀掛けが、
雲のように重ねたデザインになっていたから
月夜の晩の風情も楽しまれたと想像する。

内部は滋味深い錆壁で、
天井には真行草の趣向が凝らしてある。

風雅な精神性の中にも、自然の中に庵を結んで隠棲する、
田舎への憧れを感じる。

まもなく新元号が発表され、
光格天皇以来200年ぶりの生前退位が行われる。

悠久の昔、仁和寺の辺りは松の疎林に覆われて、
小松野と呼ばれ、天皇が鷹狩をした場所らしい。

古今和歌集に
「君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ」と

大切な人の長寿を願って春の野草を摘んだ、
光孝天皇が詠んだ場所でもある。

「徒然草」を書いた吉田兼好もこの辺りに隠棲してたから
仁和寺の和尚さんが身近だったのだろう。

続いて西芳寺庭園へ。

tucasa_saihouji_2555_R.JPG水を張った池の廻りを回遊する
静寂の苔の世界に影向石(ようごういし)、
鶴島、三尊石、亀島と

自然石が織りなすリズムと
厳しさを持った景色が
歩く度に展開していく。

舟で島々を伝い、蓬莱山を眺め、
はるかな海を渡って島国に辿り着いた先祖の
壮大な冒険の物語を紡いでいるようだ。

江戸時代の2度の洪水を経て、
西日が木漏れ日でしか当たらない地形が
江戸末期から苔を群生させた。

幕末に岩倉具視が湘南亭に隠棲していたらしいけれど、

幸運にもこの孤独と瞑想の別世界で、
鳥のさえずりと山を渡る風の音を
満喫するひと時を味わえた。

僕は今回で3回目だけれど、あのスティーブ・ジョブズは、
お忍びで家族とよく訪れていたと聞く。

tucasa_saihouji_2524_R.JPGさて、向上関から洪隠山に登る石段は、
地球のダイナミズム、
岩が瓦解した表情を醸し出していて、

よくあるリズムと強弱の
人の創意を感じさせない見事さがある。

開山堂への石段も岩が割れて崩れた自然の景色を見せながら、
機能と景石を巧みに織り交ぜる妙があった。

地面から岩が隆起してきた様や
かつて水に流されて自然にできた枯滝の風景など
見事な石組みの枯山水に釘付けになる。

最高の僧侶に贈られる「国師」の尊称を持つ
禅僧の夢窓疎石によって室町初期に作庭されたこの庭には、

鎌倉から南北朝、室町に至る殺戮の時代の無常感、
浮世を捨てて自然を伴侶とする思想が流れている。

足利尊氏もここを訪れ、3代足利義満が西芳寺にならい、
鹿苑寺(金閣寺)を創建し、8代足利義政が西芳寺と鹿苑寺にならい、
慈照寺(銀閣寺)を創建したのは有名な話だ。

最後にその銀閣寺へ。

tucasa_ginkakuji_2601_R.JPG草庵茶室の源流、書院造りの始まりである
東求堂は、すでに2度見ているけれど、

アヴァンギャルドな銀沙灘と向月台は、何度見ても
現代におけるモダンアートの表現として
新鮮な発見があり、心に訴えかけてくるものがある。

山と湖に月。それを砂で抽象表現し、
虚と実の対比によって、
劇的な芸術空間に置き換えた。

tucasa_ginkakuji_2606_R.JPG東山の自然空間に巧みな反自然の精神で、
石積みと銀閣寺垣の上に

高い壁のように刈込まれた椿の生垣も
芸術的な明快さがある。

万葉集に詠まれた馬酔木(あせび)が満開の東山で、
今回の旅を振り返る。

いつもと変わらないということが、
いかに幸せなことかを噛み締めつつ、

小春日和の陽射しが、光と影の立体感を
我々の前に見せてくれたことに感謝して。


司建築工房

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2019年03月27日

スペシャルツアー in Kyoto 1

春分が過ぎ、桜の開花に先駆けて
沈丁花の香りとコブシの白い花、
トサミズキの黄色い花が庭に咲き誇っている。

G・ゴルターマンのチェロ協奏曲第4番の演奏が無事終わり、
先週からうちに来ているハワイの建築家を京都に案内した。

まずは仁和寺へ。

平安時代初期、最澄の延暦寺と空海の金剛峰寺から80年後、
宇多天皇が出家して阿弥陀三尊を置き、落慶供養して以来、
明治時代に至るまで、代々皇族出身者が門跡を務めてきた稀なお寺だ。

阿弥陀は密教から浄土教への変遷で生まれ、
国家社会の安泰を願う薬師如来から
個人の来世を祈念する阿弥陀信仰が根底にある。

tucasa_ninnaji_2364_R.JPG室町時代の応仁の乱でほとんど消失し、
当初の建物は何一つ残っていないけれど、

宇多天皇が先帝の光孝天皇の
後世を祈るために作らせた
等身大の阿弥陀三尊像は、

お経の版木などと共に避難させたので、
貞観彫刻に慈悲の表情を加えた姿を今に伝える。

江戸時代3代家光が、今で換算すると300億円もの国家予算を
皇室ゆかりのお寺に投じる英断を下し、再建した。

二王門は家光の寄進によるという。

tucasa_ninnaji_2503_R.JPG御殿は、白書院や宸殿を渡り廊下で繋ぐ
寝殿造りで、平安王朝を思わせ、

宸殿の前庭には右近の橘・左近の桜もあり、
京都御所のような雰囲気で、
まさに御室御所だ。

たまたま宸殿の檜皮の葺き替え工事のため、
天皇専用の勅使門が開いていて、枯山水の庭に板が敷かれていて、
天皇目線で白書院を眺めることが叶った。

tucasa_ninnaji_2496_R.JPG檜皮葺きは、浸み込んだ雨水を乾かすため
野地板を張らずに、
直接垂木に施工することが目視できた。

霊明殿は、燈明のデザインに至るまで
皇室の紋、十六八重表菊だ。

この扁額の文字は、先の大戦が開戦した頃の
内閣総理大臣、近衛文麿によるのもので、

tucasa_ninnaji_2479_R.JPG天皇がGHQに処刑されるのではないか
という状況下、天皇に出家して
仁和寺の門跡を務めて頂くことで

免れようとしたという
余り知られざる逸話がある。

江戸時代に植えられた御室桜は遅咲きだから
時期早々なことはわかっていたけれど、

京都市内のソメイヨシノもまだ蕾が固くて、
背丈の低い枝振りの御室桜の林が整然と出番を控えていた。

さて、この御室桜と霊明殿の間の木立の中に
渡り廊下からでも殆ど見えないような窪地に
ひっそりと遼郭亭が佇んでいる。

tucasa_ninnaji_2424_R.JPG仁和寺の門前にあった
尾形光琳の屋敷を移築し、

この地に窯を開く
弟の乾山のためとも伝えられ、
光琳がデザインしたことは間違いないらしい。

ルネサンス期のミケランジェロなどのように
絵を描き建築も設計するマルチな芸術家像が浮かんでくる。

強度のために長めの苆が散らされた土壁に
丸竹と葭の光琳窓が穿たれ、

杮葺き屋根の微妙なムクりとそりと膨らみが
素朴な中にも柔らかな品格を醸し出している。

二畳半台目の茶席の床脇に三角形の板を置いて、
亭主と給仕の動き易さと視覚的な広がりを与えている辺りは、
まさに如庵の写しだけれど、

躙口前の袖壁の光琳窓が如庵の丸に対して
ここでは内部と統一した四角なのと
茶室内部の黒っぽい錆壁の色の深みと表情がたまらない。

広間も水屋の間も同様のこの錆壁は、
実際の火事現場から得た焼土を油で練って、
長い苆を散らして、沈んだ風合いを作り出したらしい。

光琳の大胆な色彩感覚でありながら
色調と配色のバランスを取り、

石垣張りの障子や変化をつけた天井も含めて、
全体として繊細な印象を与える。

ここは生活空間だったから、光琳絵画に見られる
緊張感を伴った非情の空間ではないけれど、

平安王朝から桃山まで貴族文化の伝統を継承してきた上方で展開した、
おおらかな町人文化が花開いた5代綱吉の治世、
元禄期の粋な美意識が伝わってくる。

北から東にかけての濡れ縁からの庭の景色は、
土手面の苔と樹木の中に、
岩が砕けて転がった石の風情を見せていた。

ハワイの建築家もこの茶室が今回一番印象に残ったようだ。

つづく。

司建築工房

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Stars in Blue

公演から10日が経った今でも感動が沸き起こってくる。

IMG_2338_R.JPGあのマニュエル・ルグリ率いるバレエダンサーと
音楽の舞台は、期待を裏切らなかった。

豪華な衣裳も纏わず、凝った舞台装置もない、
ピアノとヴァイオリンだけの
シンプルな音楽をそのままに

身体で表現し踊る姿は、
よりストレートに心に伝わってきた。

50歳を超えても尚、バレエの動作、舞台での振る舞い、
ひとつのポーズだけで雰囲気と存在感のあるルグリがいた。

IMG_2634_R.JPGその中にあって、オルガ・スミルノワの
「瀕死の白鳥」は涙が出た。

サン=サーンスの「動物の謝肉祭」
第13曲の「白鳥」を
三浦さんはヴィオラで奏で、

田村響さんとの美しい音楽での白鳥の動きは、
人間離れした凄いものを目の当たりにした。

一生のうちで一度きりではないかと思える程、
一期一会の記憶に残る名演だった。

研ぎ澄まされた肉体を目撃するにつけ、
どれほどの鍛錬と犠牲があるかは計り知れないけれど、
自ずと最大の敬意を覚える。

2015年50歳での引退公演を見届けた
シルビー・ギエムを思い出した。

ギエムが云った。
「ダンサーに与えられた時間はとても短い」と。

振付と音楽の間にある感動的な関係は、いつも
ダンサーが心で感じた動作から生み出される。

そして自分がしたいことを選択するのが
真のアーティストなのだ。


司建築工房

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2019年01月20日

レディース鍼灸さいとう オープン

新たな時代の元年が明け、季節は大寒。

最も雑菌の少ないこの時期に
文化財の修復に使う古糊の寒糊炊きを行うという。

tucasa_ladiesshinkyu_2163_R.JPG昨年1月の構想から丸一年、
院長先生と手作りで改造してきた
鍼灸院がオープンした。

人の手の温もりを感じる、
院長先生はじめスタッフの方々の成果がここにある。

古代ローマの遺跡とは言わないまでも
絵画のように後世まで残ってほしいと
勝手な思いが芽生えてくる。

世間は益々手間を減らして、
同時に楽しみも減らしてしまっているけれど、

人は労力を注ぐほど、それを愛して大切にするものだ。
一貫した言葉と文法で練り上げたアイデアさえも愛着がある。

tucasa_ladiesshinkyu_3051_R.JPG身体を整え、癒される場所としての
鍼灸院に必要な環境は、
人の動きに馴染む造形と素材の感触。

訪れる子供たちに
本物の感受性が養われるような雰囲気を
作ってあげたい。

自分の中に湧き起こった感動の芽を
開花させるのが建築だけれど、

アイデアが火山のように燃焼してくる、
そのエネルギーの質に人は感動するのかもしれない。

誠実に従えば、必ず誠実への報いが建築に現れる。

建築は人格そのものだから、一生の修行でもある。
長く続けることを日々学び続けていきたいと思う。

tucasa_ladiesshinkyu_3071_R.JPG生まれたばかりの鍼灸院は、
これから多くの人々に愛され育まれ、
生成していく生命力を湛えていってほしい。

オープンの前日、スタッフの方々の準備の中、
写真撮影に伺った。

ベットとカーテンが設えられ、
鍼灸院としての原理が備わっていた。

あたかもヴェネチアの街をゴンドラの水上から眺めて、
詩情溢れる新たな風景を発見したかのように。

ホームページに掲載した画像とともに
お施主様に感謝を込めて。


司建築工房

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2018年12月31日

レディース鍼灸院のレスタウロ 3

tucasa_gou_2093_R.JPGあっという間に冬至を駆け抜け、
平成最後の大晦日は、
煤払いで新たな年を迎える準備だ。

朱漆の掛花入れに、庭で調達した花々や
わずかに残ったハナミズキの紅葉を活けて
冬の季節感を楽しんできた。

tucasa_gou_1926_R.JPGさて現場では、
ほぼ一年前の自分の思考が
実際の形となって姿を現した。

土間に描いた幾何学模様に石を象り、
赤土で彩色した床の質感がいい。

古来から朱は、朱漆や毛氈など、
生命力と魔除けの効果があると信じられてきた。

19世紀終わりから
印象派という市民芸術が生まれて以来、

職能的な技巧を破壊して、
新しい色彩理論や造形理念の抽象画が築かれた。

tucasa_gou_2037_R.JPG子供は本能的に感動を
記憶のままに描き出すけれど、

誰もが制作できる遊戯的な要素があり、
大人の僕もしばしイメージの世界に遊んで、

現れた4種類の木を刳り貫いた幾何学模様は、
深い魂の風景かも知れない。

これまでの人生の中で、
限られた機会に出会えた国内外の美しいものが、
深く自分の魂に突き刺さっている。

tucasa_gou_1931_R.JPGそれは、画像で残したものではなく、
ましてや永遠に所有できるわけもない美しいもの。

所有を断念することによって、
所有の意味を知り、
不滅の所有に向かう。

袋小路と云われた日本文化も
ようやく異文化の刺激を受け、

tucasa_gou_1949_R.JPG海外とも文化の交換が行われて、
近代文化の世界共通性は、
地球全体に及んでいる。

線と色彩による幾何学の構成美は、
今や国境を越えた世界共通語だ。

これからも立体感のある
命の籠ったものを作っていきたい。

1月14日のオープンまで鍼灸院として
患者様をお迎えする準備に余念がない。

平成が思い出となる来たるべき年が
皆様にとって良き年になりますように。


司建築工房

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2018年11月24日

レディース鍼灸院のレスタウロ 2

季節は小雪。

今年の2月から週に二日、院長先生と現場で自作奮闘して、
共に季節を共有してきた。

tucasa_gou_1836_R.JPG僕のアイデアを受け止めて、
すぐに形にしようと挑む姿勢に頭が下がる。

その過程にこそ
建築の醍醐味があるのだけれど、

たぶん国内では例のないものを生み出そうとしている自負がある。

鍼灸の神髄は、自然界の法則と同じ身体の調和だろう。

鍼灸院は健康になるべく訪れる場所で、
加えて不妊治療など女性や小児を専門とした鍼灸院だから
デザインにはそうした自然界のダイナミズムが表現されている。

tucasa_gou_1838_R.JPGこれまで欧米を旅してきて、どんな天才であろうと
他者や異文化からの影響を
何らかの形で受けていることを確信した。

先人たちのデザインに潜む知力の高さ、
マクロの視点とミクロに至る建築への情熱は、
以前のブログで書いた。

今年の夏には縄文展があって、
穏やかな均衡ではない、

視線の移動につれて、リズミカルに割り付けられながらも
奔放に躍動する不協和のバランス感覚に僕は心を動かされた。

tucasa_gou_1831_R.JPG幾何学的な調和とは違い、安定のない狩猟民族の
飢えと歓喜が共存する動的な空間感覚。

獲物や自然の恵みへの感謝や畏敬の心性は、
我々にも受け継がれているけれど、

生き抜くための造形には、
超自然的な意思や呪術的な意味があって、

ピカソやブラックが心を動かされて虜になった、
アフリカンアートにも共通した美意識がある。

古代ギリシャ以来のシンメトリーやリアリズムではなく、
ましてや見る人を意識した芸術の次元でもない、
生存の厳粛な営み、生きる糧としての凄まじい精神性に感じ入った。

tucasa_gou_1817_R.JPGこうして日進月歩、独自の視点と
自身の文化の理解が深まり、
デザインが導き出されてゆく。

現場では食品衛生法にも適合した
安全な原料の自然塗料で壁も天井も塗ったから、

塗りたてでも嫌な臭いがいっさいない。
何より、塗る作業に不快感が全くない。

tucasa_gou_1832_R.JPG今日建具の吊り込みをした。

建具は建具屋さんに製作してもらったのだけれど、
このような建具は初めて作ったと感動してくれた。

世界に一つだけの建具。

これから粘土系の自然塗料で床に彩色する。
縄文人が漆と顔料でしたように。

エントランスの土間には幾何学紋様を描いた。

一つひとつの形を象って、石を切り出していけば、
自作の苦労の先に、きっと良き思い出と共に
訪れる患者さんの心を動かし得る、永遠の宝物になると確信している。


司建築工房

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2018年07月06日

セナンクを訪ねて

ル・トロネ村で宿泊した
L'Ancienne Poste のオーナー、ポーランド出身のハンナが、
滞在中にしてくださったご好意は、一生忘れないだろう。

村には食材を買えるお店がないからと
遠くのスーパーに連れて行ってくれたり、
全てをここでは語り尽くせない。

次の巡礼地、プロヴァンス3姉妹の
ご次女さまに会うためリュベロン地方へ。

近くには、古城を頂として階段上に建物が折り重なった、
天空の城とでも呼びたくなるゴルド村があり、

tucasa_senanque_0896_R.JPGその丘に登り、今度は山道を下っていくと
ヴォークリューズの谷に
セナンク修道院がある。

最初は俯瞰して眺め、
徐々にコンバーチブルで降りてゆく
楽しみを味わったのだけれど、

山の頂上付近で、すでにラヴェンダーの香りが
風に乗って、入浴してるかのようだった。

かつてこの谷には、川が流れていたらしく、
水の需要を十分に満たしたらしい。

tucasa_senanque_1098_R.JPG石材は、北のひと山越えた辺りで採掘され、
石の屋根には、岩肌の見える
この丘のものが使われている。

日々の信仰と生活の機能に適うように、
回廊を中心として、3姉妹とも
ほとんど同じ規模と平面構成になっているけれど、

シトー会の思想が建築に表れ、
すでにゴシックの交差リブヴォールトを採用していて、
優れた音響効果を生み出している。

セナンクでは現在も修道生活が営まれていて、
聖堂の内部でグレゴリオ聖歌の神秘的な響きを聴いた。

谷の敷地の関係で、セナンクでは聖堂の内陣が、
東ではなく北向きになっている。

身廊の上部にはクリア・ストーリーが設けられていて、
新たな光のグラデーションの試みが感じられる。

下から見上げる窓のエッジと柱やアーケードの角の精度は、
ル・トロネと同様の精神性が宿っていた。

tucasa_senanque_1085_R.JPG回廊の柱頭彫刻には、
ギリシャのオーダーを想わせる

アカンサスの葉や
様々な植物文様が刻まれていて、

樹の不死を示すヘレニズムの普遍性の中に
ケルト的な葉や蔓の繁茂の思想が織り込まれている。

回廊の原型は、地中海沿岸で生まれ、
建物の内部に作られているから
外部の音は遮断され、静寂が保たれる。

モンテ・カッシーノ修道院には、すでに回廊があった。

ヴォークリューズの谷は、周りの山で隔絶されて、
修道院の他に建物は一つもない。

石の回廊でさらに隔絶された中庭の緑の静寂は、
あたかもヴォークリューズの閑居で頂く
一服の茶碗の茶溜まりのように思われた。

修道院の核心は、「ひとり」で住むことで、
砂漠や洞窟から始まり、東方に起源を持つ。

キリスト教は、コプトやユダヤ的閉鎖から
「ひとり」を尊重しながらも「共同」で隠修する
普遍へと開かれてゆく。

「サイエンス」誌上に掲載された、フランスの各地に残る
洞窟壁画を描いたネアンデルタール人は、孤立して滅び、

身体的に劣るホモ・サピエンスが集団生活をし、
宗教を持つことで連帯感が生まれ、
危機を助け合うことで生き延びた。

外に出て、日陰に腰を下ろしていると気持ち良くて、
辺り一面に立ち込めているラヴェンダーの香りに浴しながら
この風の谷の風景にしばらく身体を緩めることにした。

tucasa_senanque_0992_R.JPGリュベロンでは、あちらこちらの
ラヴェンダー畑に目を奪われた。

ゴルド村の近くに、ボリーと呼ばれる
板状の石だけで積み上げた、

新石器時代から伝わる建築で、
ローマ時代から続いていた集落があった。

笠木だけ板状の石を立てる石積みの塀も
この地方の伝統だろう。

tucasa_senanque_0965_R.JPGプロヴァンスでは二つのメゾン・ドットで、
19世紀のフランスの田舎暮らしを体験して、

旬の食材と手作りの心を頂き、
のんびり過ごせた。

心落ち着ける幾つもの景色は、
良き瞑想の助けになってくれるだろう。

ラヴェンダーの紫色が際立つ季節、
赤いひなげしの花と糸杉の長閑な風景に
心も身体も癒された旅になったのでした。


司建築工房

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2018年07月05日

ル・トロネを訪ねて 2

彩り豊かな花咲く盛夏のプロヴァンス。

朝から閉館まで居たけれど、
色の光の変化による石の表情は飽きることがなかった。

大地の鉱物である石は、
永遠性の象徴として古来から崇められ、
信仰の対象になってきたけれど、

純粋な石の空間がもたらす美しさは、
美意識を超えた力として日本人の僕に迫ってくる。

木と違って石は瞑想するんだと。

tucasa_le thoronet_1171_R.JPG切石の柱やアーケードの角の精度や、
特に光が横から差し込む窓のエッジの曲線の精度は、

手彫りの跡とともに、
造り上げた現場の様子を想像して尽きなかった。

このエッジのディテールが光と影に表情を与えていて、
その精神性と豊かなイマジネーションに感じ入る。

ヘレニズムや彫塑性とは全く異なるロマネスクだけれど、
アニミズム信仰による精神性を表現したアフリカ美術とは違い、

やはり古代ギリシャ以来の直線や正円、
同じ形の繰り返しの美意識による数学的比例に基づいている。

平面寸法や窓の大きさと位置や数、立面や回廊のプロポーションも、
アーケードの柱の寸法や柱頭の角度も、ありとあらゆる寸法の根拠が、

比例と意味を持った特定の角度によって決定され、
光のグラデーションが慎重に考慮された。

心地良い秩序とリズムの感覚は、
可聴的協和音と幾何学的比例によって、
永遠の調和を反映する思想が流れているからだろう。

小学生の校外学習で引率していた先生の一人が、
聖堂でグレゴリオ聖歌を子供たちに歌って聴かせた。

修道院の聖務日課では、単旋律を全員で歌うことによって生じる
神秘的な共振の響きだったと思うけれど、
音楽は永遠の調和を反響するもので、建築と同等の価値を持った。

グレゴリオ聖歌にもギリシャ的な数学的思考が内在する。

音を楽譜に書き留めて後世に伝えるアイデアは、
グレゴリオ聖歌から生まれ、五線譜に発展した。

その他の様々な部屋へ階段で上へ下へ行き来し、
山の斜面を切り開いた敷地の特徴を生かした高低差の
空間構成の妙も特筆すべきだけれど、

tucasa_le thoronet_1460_R.JPGル・トロネの白眉は回廊で、
回廊自体の階段と傾斜路による高低差と

根底に流れる重要な角度の半角ずつ
長方形を崩した形、
各方位のアーケードの数と長さの比率が

唯一無二の、飽きることのない滋味と雰囲気を作り出している。

シトー会の修道院回廊は、ブルゴーニュ地方に今もなお
清らかな泉の湧く森の中に、12世紀のままの風景を留めている、
フォントーネ修道院にその原型を見るけれど、

ル・トロネは、回廊のアーケードのプロポーションは同じでも、
回廊の長さに応じて幅と高さを換えて各々バランスを取っている。

古典主義の比例関係を、
異なるスケールで調和的に並存させることは、
ルネサンス以降の特徴で、

ゴシックは基本的に、モチーフを一つのスケールで用いている。

見る者に快い調和をもたらすバランス感覚と評された
パラディオよりは少ない語彙ではあるけれど、
すでにロマネスク時代にそのバランス感覚を作り出した。

tucasa_le thoronet_0674_R.JPG分厚いアーケードごしに、
回廊の床より高い中庭の緑に
真っ赤な薔薇が咲いていた。

薔薇の歴史は古く、古代エジプト時代からあり、
ギリシャ神話のアフロディーテが海から生まれた時、
最初に咲いた花が薔薇で、

中世薔薇は、ゴシックの円い
薔薇窓に表現されるように
聖母マリアへの愛のシンボルだった。

回廊の静寂は、日本の茶室と同様、
水の音や鳥の声に耳を澄ます条件であり、恵みである。

tucasa_le thoronet_0822_R.JPGブルターニュの巨石文化を留める、
ロックマリアケルの石室の支柱石に

太陽によって熟れた麦の穂が刻まれ
太陽信仰の跡を留めているけれど、
ル・トロネの柱頭彫刻にも見つけた。

大地と水、空気と太陽のもとで育まれる植物のように
ステンドグラスに描かれた組紐文様からも喚起される、

森に生きたケルトの樹木のごとき
忍耐による成長の心性が息づいている。

修道士たちの健康的な生活のため
今でいうパワースポットのような地球の
地場エネルギーの強い場所が選ばれたと知り、

想像を超えた当時の叡智に興味が尽きない。


司建築工房

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2018年07月04日

ル・トロネを訪ねて 1

中世キリスト教の歴史は、聖職者が権力と富を握り、
世俗的な欲望に囚われて堕落すると

本来の信仰を取り戻すために修道院運動が起き、
やがて改革が忘れられ、堕落していくという繰り返しだけれど、

6世紀にベネディクトがモンテ・カッシーノ修道院を作り、
寄進を受けず、奴隷を排して、労働を重視した生活を営み、

10世紀にクリュニー修道会、
12世紀にシトー修道会が生まれた。

8世紀頃から終末論が語られ、黙示録的心性が
11世紀末以降の経済発展による富によって、
免罪のための十字軍参加や大巡礼へと向かわせ、

修道会の隠修の努力によって、
内に宿す神への狂気とも云えるエネルギーが、
ロマネスクの芸術を作り出した。

クリュニー修道会は、多くの民族的な要素を収斂させながら、
寓意的な彫刻というイメージの言語を通して、
諸文化の息づく神学的宇宙観を数多く残し、

シトー修道会は、構造力学の制約の中で、
石のみで宇宙の秩序と調和を大地に映した。

tucasa_le thoronet_0793_R.JPGそのシトー修道会のル・トロネ修道院が、
最初の巡礼の目的地だ。

フランス各地に建てられた
ロマネスクの修道院はどれも、

都会の喧騒を離れた自然の風景の中にひっそりと佇んでいる。

その土地から掘り出された石でできた建築が
風景の一部となって、それは僕の理想の建築だし、
どうしても見たいものほど僻地にある。

プロヴァンス三姉妹のご長女さまに会うためなら
苦労は厭わないけれど、

自給自足の隠修に相応しい場所として、
人里離れただけではなく、小川が流れ、
泉が湧くヴァールの丘を開墾して建てられた。

特に水利が考えられ、飲用に適した水質を持つことと
灌漑に用いる水は不可欠だった。

クリュニーとシトーという二つの修道会は、
ブルゴーニュ地方で生まれたけれど、

ワインの王様と称されるブルゴーニュの葡萄畑は、
そのほとんどがシトー会修道院の開墾によるもので、

地質学や土壌学、気候学の裏付けから研究を重ね、
味と香りの品質を生み出すクリマを獲得していった。

諸侯や豪族は、争って森林原野を修道院に寄進し、
かつての修道院付属屋では、農機具の発明や改良も行われ、
農業経営と経済の発展に計り知れない寄与を成し遂げた。

ブルゴーニュ地方とプロヴァンス地方は、
ローマ時代から石工の技術の継承と良質の石材に恵まれ、
洗練された表現を持っていた。

もっともプロヴァンス地方は、紀元前からすでに
ギリシャ人がマッサリア(マルセイユ)に都市を作り、

1世紀の終わりからは古代ローマがこの地方一帯を
属州(プロヴァンキア)として統治したから、

tucasa_le pont du gard_1249_R.JPGオランジュの古代劇場や
アビニョンの西に古代の水道橋
(ポン・デュ・ガール)など

至るところに、巨石を積み上げた
古代遺跡が現存し、ローマと
ガロ=ロマン文化を窺い知ることができる。

この地方では8世紀頃まで
ローマの生活習慣や教育制度が維持されていたという。

ル・トロネは、土地の赤褐色の土の色と同じ色をした切石でできた、
彫刻による立体感はなく簡素で、
親しみの持てる高さで、温かく迎えてくれた。

建物の西側の側廊にある入口は、
かつては俗人を入れない修道士だけの入口だったから、
タンパンなどなく素朴で、

入口の前で、聖堂の中の暗がりに、

tucasa_le thoronet_1465_R.JPG側廊突き当たり正面の
組紐文様のステンドグラスが黄色く浮かんでいて、
すっかりご長女さまに心奪われてしまった。

階段を4段降りて側廊があり、
北へ3段降りて身廊で、

この3段分の高低差が
翼廊ではレベルが一緒になっている。

つまり側廊はスロープで、
身廊と側廊の高低差がベンチのようになっていて、
こうした高低差だけで、様々な空間変移が感じられる。

内部で7段下がって、アーケードも尖頭アーチになっているからか、
想像していたより天井が高く感じた。

きっちり真東に軸線を合わせた内陣の3つの窓と
アプス上部の丸窓からの光が辺りの石を黄色く染め、

tucasa_le thoronet_0662_R.JPG南側の翼廊の上部に穿たれた
紫色のステンドグラスからの光が
翼廊をピンクに染めていた。

西側を見返すと、
青や緑のステンドグラスになっている。

すべて単一の石で造られた、
小さな窓からの自然光による

ストイックな空間を想像していたから、
色のインパクトに少々驚いた。

つづく。


司建築工房

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 大地の樹木 本物の素材 火のある生活


posted by Koji at 21:33 | TrackBack(0) | 建築ツアー

2018年07月03日

チョイ住み in paris 4

パリに来たら、オペラやバレエ好きでなくとも
オペラ座は一度は訪れてみたい場所だろう。

ギリシャ・ローマの古典建築の文法を使った
威厳にエレガントな要素を加えた非日常空間で、パリの宝箱だ。

カラヤン風マオカラースーツと足元までドレスアップして
パリの街を歩くのはまた違った気分だったけれど、

オペラ座の内部に足を踏み入れたら、、、

劇的な階段のある吹抜け空間は、
人々を様々な角度から眺める場所へ誘惑し、
照明の灯りに照らされた石の色調は品があって居心地がいい。

赤いベルベットと金の彫刻で飾られたボックス席の
一番前の席でバレエの鑑賞を楽しんだのだけれど、

ボックス席のお部屋に入るドアには、ノブがついておらず、
係の男性が持つノブを差し込んでドアを開けて下さるのでした。

tucasa_paris_1949_R.JPG丸い天井のシャガールの色彩が
華を添えていた。

オーケストラピットの先の舞台の奥行は、
1階席と同じくらいあるのではと思うほど深く、

演目の演出が笑って楽しめるもので、
この日の観客の反応もすごく良くて、
ここでしか味わえない気分を体験できた。

舞台が跳ねた後、この別世界から去るのを惜しみながら
帰る観客たちを眺めていると、
中学生や高校生だろうと思われる子達も見えて、

ある女の子がバレリーナに成り切って、
振り付けをしながら帰る純粋な姿が印象的だった。

夜10時を過ぎて外の通りに出てみると、
まだ明るくて、夜が長いパリなのでした。

パリに暮らすほとんどの方が集合住宅だから
身近に立ち寄れる緑のある公園は、かけがえのない場所だろう。
パリにはそんな場所が幾つもある。

tucasa_paris_1461_R.JPGリュクサンブル公園は、花々の植え込みや
マロニエの樹々が木陰を作って、
夏には避暑地にもなる。

木陰のベンチから
陽の当たるあたる光景を眺める。

本を読む人、イヤホンを耳に当てて音楽を聴いている人
水着風の出で立ちで日光浴する人、

ここは広いから、自分だけのテリトリーを作って、
皆プライベートルームのようだ。

厳しい長い冬を経て待ち望んだ、
光に満ちた束の間の夏を満喫したい人々にとっては、

陽だまりに腰掛けを据えて、
顔を太陽に向けて目を閉じている。

8月半ばを過ぎるとマロニエの葉が黄色付いて、
9月の声を聞くと冬を肌で感じ、

再び訪れる薄暗い冬の厳しさへの備えが、
バカンスの真髄だろう。

パリにカフェができたのは18世紀からで、
それまでは王侯、貴族が文化や情報の場として
社交界を持っていたけれど、

文化が大衆化し、市民がカフェで
芸術や思想、哲学を語れるようになった。

以前は画家も王侯や貴族からの注文だけで描いていたのが、
アトリエを持って市民の注文にも応ずる時代になる。

大革命は18世紀の終わりだった。

リュクサンブール公園の外にあるカフェは、
僕のお気に入りの場所になった。

日本と違って公衆トイレがなかなか見当たらないから
休憩ポイントでもあるけれど、

ここは街路のテーブルごしに車の行き交う、
向かいの建物を見るのではなくて、
リュクサンブール公園の樹々を眺める。

日本だと車の排気ガスが気になるけれど、
ここではただ気持ちがいい。

もっとも蚊にも刺されない。
湿気が少ないからなのか、

人口密度が低くて手つかずの自然がたっぷりあるから
人間の居場所に来る必要がないからなのか。

あっという間に地元の馴染み客でテーブルを囲まれた。

tucasa_paris_1349_R.JPGセーヌ河沿いには古本屋が軒を連ねて、
パリ市内だけで
30を越す橋が架けられている。

この街で季節を超えたら、
「ミラボー橋」や「枯葉」のような
詩情溢れる表現が浮かんでくるだろうか。

パリからは日本の国内旅行の感覚で
ヨーロッパ各地へ出掛けられる。

北イタリア、ヴェネト地方のスカルパ詣でと
プロヴァンスのロマネスク修道院への巡礼の旅に出掛けたのでした。


司建築工房

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