2019年03月28日

スペシャルツアー in Kyoto 2

閑居の木漏れ日の木立の中を
起伏に富んだ苔生した庭の飛び石を歩いて、
もう一つの小高い築山にある飛濤亭へ。

tucasa_ninnaji_2500_R.JPGここはかつて、民衆のため幕府にものを申し、
幕末の尊王思想に大きな影響を与えた光格天皇が、

プライベートを楽しまれたという
葛屋葺き入母屋の田舎家風の素朴な茶室で、

庇は杮葺きになっていて、
外壁は弁柄を混ぜた土壁で、
躙口の代わりに貴人口になっている。

月を表現したという丸い下地窓に刀掛けが、
雲のように重ねたデザインになっていたから
月夜の晩の風情も楽しまれたと想像する。

内部は滋味深い錆壁で、
天井には真行草の趣向が凝らしてある。

風雅な精神性の中にも、自然の中に庵を結んで隠棲する、
田舎への憧れを感じる。

まもなく新元号が発表され、
光格天皇以来200年ぶりの生前退位が行われる。

悠久の昔、仁和寺の辺りは松の疎林に覆われて、
小松野と呼ばれ、天皇が鷹狩をした場所らしい。

古今和歌集に
「君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ」と

大切な人の長寿を願って春の野草を摘んだ、
光孝天皇が詠んだ場所でもある。

「徒然草」を書いた吉田兼好もこの辺りに隠棲してたから
仁和寺の和尚さんが身近だったのだろう。

続いて西芳寺庭園へ。

tucasa_saihouji_2555_R.JPG水を張った池の廻りを回遊する
静寂の苔の世界に影向石(ようごういし)、
鶴島、三尊石、亀島と

自然石が織りなすリズムと
厳しさを持った景色が
歩く度に展開していく。

舟で島々を伝い、蓬莱山を眺め、
はるかな海を渡って島国に辿り着いた先祖の
壮大な冒険の物語を紡いでいるようだ。

江戸時代の2度の洪水を経て、
西日が木漏れ日でしか当たらない地形が
江戸末期から苔を群生させた。

幕末に岩倉具視が湘南亭に隠棲していたらしいけれど、

幸運にもこの孤独と瞑想の別世界で、
鳥のさえずりと山を渡る風の音を
満喫するひと時を味わえた。

僕は今回で3回目だけれど、あのスティーブ・ジョブズは、
お忍びで家族とよく訪れていたと聞く。

tucasa_saihouji_2524_R.JPGさて、向上関から洪隠山に登る石段は、
地球のダイナミズム、
岩が瓦解した表情を醸し出していて、

よくあるリズムと強弱の
人の創意を感じさせない見事さがある。

開山堂への石段も岩が割れて崩れた自然の景色を見せながら、
機能と景石を巧みに織り交ぜる妙があった。

地面から岩が隆起してきた様や
かつて水に流されて自然にできた枯滝の風景など
見事な石組みの枯山水に釘付けになる。

最高の僧侶に贈られる「国師」の尊称を持つ
禅僧の夢窓疎石によって室町初期に作庭されたこの庭には、

鎌倉から南北朝、室町に至る殺戮の時代の無常感、
浮世を捨てて自然を伴侶とする思想が流れている。

足利尊氏もここを訪れ、3代足利義満が西芳寺にならい、
鹿苑寺(金閣寺)を創建し、8代足利義政が西芳寺と鹿苑寺にならい、
慈照寺(銀閣寺)を創建したのは有名な話だ。

最後にその銀閣寺へ。

tucasa_ginkakuji_2601_R.JPG草庵茶室の源流、書院造りの始まりである
東求堂は、すでに2度見ているけれど、

アヴァンギャルドな銀沙灘と向月台は、何度見ても
現代におけるモダンアートの表現として
新鮮な発見があり、心に訴えかけてくるものがある。

山と湖に月。それを砂で抽象表現し、
虚と実の対比によって、
劇的な芸術空間に置き換えた。

tucasa_ginkakuji_2606_R.JPG東山の自然空間に巧みな反自然の精神で、
石積みと銀閣寺垣の上に

高い壁のように刈込まれた椿の生垣も
芸術的な明快さがある。

万葉集に詠まれた馬酔木(あせび)が満開の東山で、
今回の旅を振り返る。

いつもと変わらないということが、
いかに幸せなことかを噛み締めつつ、

小春日和の陽射しが、光と影の立体感を
我々の前に見せてくれたことに感謝して。


司建築工房

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posted by Koji at 15:52 | TrackBack(0) | 建築ツアー

2019年03月27日

スペシャルツアー in Kyoto 1

春分が過ぎ、桜の開花に先駆けて
沈丁花の香りとコブシの白い花、
トサミズキの黄色い花が庭に咲き誇っている。

G・ゴルターマンのチェロ協奏曲第4番の演奏が無事終わり、
先週からうちに来ているハワイの建築家を京都に案内した。

まずは仁和寺へ。

平安時代初期、最澄の延暦寺と空海の金剛峰寺から80年後、
宇多天皇が出家して阿弥陀三尊を置き、落慶供養して以来、
明治時代に至るまで、代々皇族出身者が門跡を務めてきた稀なお寺だ。

阿弥陀は密教から浄土教への変遷で生まれ、
国家社会の安泰を願う薬師如来から
個人の来世を祈念する阿弥陀信仰が根底にある。

tucasa_ninnaji_2364_R.JPG室町時代の応仁の乱でほとんど消失し、
当初の建物は何一つ残っていないけれど、

宇多天皇が先帝の光孝天皇の
後世を祈るために作らせた
等身大の阿弥陀三尊像は、

お経の版木などと共に避難させたので、
貞観彫刻に慈悲の表情を加えた姿を今に伝える。

江戸時代3代家光が、今で換算すると300億円もの国家予算を
皇室ゆかりのお寺に投じる英断を下し、再建した。

二王門は家光の寄進によるという。

tucasa_ninnaji_2503_R.JPG御殿は、白書院や宸殿を渡り廊下で繋ぐ
寝殿造りで、平安王朝を思わせ、

宸殿の前庭には右近の橘・左近の桜もあり、
京都御所のような雰囲気で、
まさに御室御所だ。

たまたま宸殿の檜皮の葺き替え工事のため、
天皇専用の勅使門が開いていて、枯山水の庭に板が敷かれていて、
天皇目線で白書院を眺めることが叶った。

tucasa_ninnaji_2496_R.JPG檜皮葺きは、浸み込んだ雨水を乾かすため
野地板を張らずに、
直接垂木に施工することが目視できた。

霊明殿は、燈明のデザインに至るまで
皇室の紋、十六八重表菊だ。

この扁額の文字は、先の大戦が開戦した頃の
内閣総理大臣、近衛文麿によるのもので、

tucasa_ninnaji_2479_R.JPG天皇がGHQに処刑されるのではないか
という状況下、天皇に出家して
仁和寺の門跡を務めて頂くことで

免れようとしたという
余り知られざる逸話がある。

江戸時代に植えられた御室桜は遅咲きだから
時期早々なことはわかっていたけれど、

京都市内のソメイヨシノもまだ蕾が固くて、
背丈の低い枝振りの御室桜の林が整然と出番を控えていた。

さて、この御室桜と霊明殿の間の木立の中に
渡り廊下からでも殆ど見えないような窪地に
ひっそりと遼郭亭が佇んでいる。

tucasa_ninnaji_2424_R.JPG仁和寺の門前にあった
尾形光琳の屋敷を移築し、

この地に窯を開く
弟の乾山のためとも伝えられ、
光琳がデザインしたことは間違いないらしい。

ルネサンス期のミケランジェロなどのように
絵を描き建築も設計するマルチな芸術家像が浮かんでくる。

強度のために長めの苆が散らされた土壁に
丸竹と葭の光琳窓が穿たれ、

杮葺き屋根の微妙なムクりとそりと膨らみが
素朴な中にも柔らかな品格を醸し出している。

二畳半台目の茶席の床脇に三角形の板を置いて、
亭主と給仕の動き易さと視覚的な広がりを与えている辺りは、
まさに如庵の写しだけれど、

躙口前の袖壁の光琳窓が如庵の丸に対して
ここでは内部と統一した四角なのと
茶室内部の黒っぽい錆壁の色の深みと表情がたまらない。

広間も水屋の間も同様のこの錆壁は、
実際の火事現場から得た焼土を油で練って、
長い苆を散らして、沈んだ風合いを作り出したらしい。

光琳の大胆な色彩感覚でありながら
色調と配色のバランスを取り、

石垣張りの障子や変化をつけた天井も含めて、
全体として繊細な印象を与える。

ここは生活空間だったから、光琳絵画に見られる
緊張感を伴った非情の空間ではないけれど、

平安王朝から桃山まで貴族文化の伝統を継承してきた上方で展開した、
おおらかな町人文化が花開いた5代綱吉の治世、
元禄期の粋な美意識が伝わってくる。

北から東にかけての濡れ縁からの庭の景色は、
土手面の苔と樹木の中に、
岩が砕けて転がった石の風情を見せていた。

ハワイの建築家もこの茶室が今回一番印象に残ったようだ。

つづく。

司建築工房

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posted by Koji at 23:19 | TrackBack(0) | 建築ツアー

Stars in Blue

公演から10日が経った今でも感動が沸き起こってくる。

IMG_2338_R.JPGあのマニュエル・ルグリ率いるバレエダンサーと
音楽の舞台は、期待を裏切らなかった。

豪華な衣裳も纏わず、凝った舞台装置もない、
ピアノとヴァイオリンだけの
シンプルな音楽をそのままに

身体で表現し踊る姿は、
よりストレートに心に伝わってきた。

50歳を超えても尚、バレエの動作、舞台での振る舞い、
ひとつのポーズだけで雰囲気と存在感のあるルグリがいた。

IMG_2634_R.JPGその中にあって、オルガ・スミルノワの
「瀕死の白鳥」は涙が出た。

サン=サーンスの「動物の謝肉祭」
第13曲の「白鳥」を
三浦さんはヴィオラで奏で、

田村響さんとの美しい音楽での白鳥の動きは、
人間離れした凄いものを目の当たりにした。

一生のうちで一度きりではないかと思える程、
一期一会の記憶に残る名演だった。

研ぎ澄まされた肉体を目撃するにつけ、
どれほどの鍛錬と犠牲があるかは計り知れないけれど、
自ずと最大の敬意を覚える。

2015年50歳での引退公演を見届けた
シルビー・ギエムを思い出した。

ギエムが云った。
「ダンサーに与えられた時間はとても短い」と。

振付と音楽の間にある感動的な関係は、いつも
ダンサーが心で感じた動作から生み出される。

そして自分がしたいことを選択するのが
真のアーティストなのだ。


司建築工房

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posted by Koji at 19:13 | TrackBack(0) | 音楽