2020年06月02日

casa effe のレスタウロ 2

毎日大工さんとのモノ作りの充実感で、
現場に行くのが楽しみになっている。

tucasa_casa effe_5245_R.JPG僕がいることで、原寸墨と間竿作りは
図面寸法の読み違えがないし、

木を重ねる作り物の木出し寸法や
見せる木肌面の決定と組み方、

接着の判断等詳細に亘って
大工さんが悩むことがない。

土台の水平をピン真っ直ぐに作ることが、
その後の仕事の良し悪しを決める肝となる。

一分程度の壁の不陸を読み取り、
壁との取合部分は最終の削りシロを見込んで、
あくまでも矩に作ってゆく。

tucasa_casa effe_5453_R.JPG墨を追っていくと多少の伸びが出る。
その微妙な誤差を
指矩や自由金で写すのだけれど、

一辺は真っ直ぐであることが前提だ。

材料の細部の接合には導突きとノミを駆使して合わせ、
墨と照らし合わせながら、五厘以下の取合部分を
経験と勘で削りつけピタッと合わせてゆく。

落語にケチリンという毛一厘を縮めた言葉があるけれど、
納得いかないと次に進めない。
よしっと決めるのは自分のプライドだ。

tucasa_casa effe_5480_R.JPG面同士の目違いは、カンナを引いて一つにする。

カンナで引いた木肌は、
プレーナーの超仕上げとは
比較にならない艶が出る。

それは外の景色が映り込むほどだ。

組み上がって壁に吸い付けたとき、
矩を一つ一つ合わせてゆく丹念な積み重ねの末に
生まれた新たな形から、精神性が胸を打ってきた。

tucasa_casa effe_5515_R.JPG誤魔化さず逃げず、気を遣って、
作ってきたことを傍で見てきたからだろうか。

横板の手前と奥のラインがピタッと重なる。
まるでカンナの刃口と刃先の
わずかな出を見るかのようだった。

大工さんはその手仕事の成果を眺めて、
どこにも苦になるところがないと
満足気な表情を浮かべていた。

経糸と緯糸をコツコツ編んでいる時は気が付かないけれど、
離れてそれを眺めると素敵な着物が織りあがっていたかのように。

一つ一つの家具たちは木の命を頂いて、
僕ら作り手のこだわりが加わって、
新たな一生が始まるのだ。

tucasa_casa effe_5691_R.JPG修行して身に着けた日本の大工技術に、
僕は畏敬の念を覚えてきた。
特にカンナの調整には頭が下がる。

刃の研ぎ、台、刃口、裏座の調整、
すべてが揃わないと
あの薄削りの艶は現れないのだ。

刃自体も辛くないと
いくら研いでも切れ味は良くならない。

カンナは刃の状態がそのまま木に写るから
手が抜けないと言う。

今のご時世、SNSで
植物や花の投稿に心を惹かれる自分がいる。

その生命力、造形の妙を日頃肌で感じ、
想像力が湧き上がり、本質に近づいてゆく。

tucasa_casa effe_5809_R.JPGすべてを惜しみなく、
納得のいくいいモノを作りたいという心意気が
大工さんに伝わる。

今こそ前向きなエネルギーを提供すること。
それが建築の本質的な役割ではないか。

永六輔は、カンナ屑なんて云っては勿体ない、
削り花だと。

大工さんが削った寸六の削り花を持って帰ろうかな
と言ったら、恥ずかしいと取り上げられた。

どこまでも謙虚な人なのでした。

つづく。


司建築工房

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posted by Koji at 22:49 | TrackBack(0) | 現場