2017年09月27日

チョイ住み in Rome 1

イタリア人は、個人の部屋以外は家の中も街の中も
さほど大差ない空間領域として生活しているようだ。

だからこそ自分たちの暮らす街を大切にし、
魅力ある街の暮らしをみんなで守ろうとする。

それは自分の家だけ魅力的にしても実現しないという
自治都市共同体を重んずる精神だ。

そんなイタリアのまちづくりという視点で
今回現地を訪れる機会に恵まれた。

紀元前の共和制時代の遺構は見られないけれど、
ヴェスピオ火山の噴火で埋もれた
ローマ時代の都市ポンペイの発掘によって

紀元前の街に市役所や大劇場、
2万人収容の円形闘技場などが見つかり、
道路は石で舗装され、各住居には水道が引かれていた。

日本の弥生時代に、ほぼ現代社会が出来ていたのだ。

ガラス容器の起源はメソポタミア文明だけど、
型枠のいらない吹き技法が、紀元前1世紀にシリアで開発されて、
ローマの属州に取り込まれたことで、窓ガラスが登場する。

tucasa_rome_ 3156_R.JPG古代ローマ人の生活を快適にする叡智と
インフラ建設を可能にする高度な技術。

パンテオンやコロッセオのように
コンピューターや重機のない時代に、

現代でさえ困難な大規模建造物が
1900年前のまま建っている現実を
目の当たりにすると

過去の先人たちへの尊敬の念が自ずと湧き上がる。

切石の集積で大きな開口部を作れるアーチを編み出し、
アーチを立体的にしたヴォールト天井は、
既にコロッセオで見られる。

楕円形の外壁面は、アーチが3層積み重なり、
アーチの間にギリシャのオーダーに従って
ピラスターで壁面装飾していて美しい。

悠久の時を廃墟となって風雪に耐え、
採石場となって建材に転用され、戦場となっても
圧倒的な存在感を放つ巨大な建築だ。

古代ローマ人は、やはりメソポタミア文明に始まり
ローマにもたらされた煉瓦や
砕石と火山灰のローマンコンクリートを使って強度を出した。

tucasa_rome_ 099_R.JPGローマには、パンテオンやアッピア街道など、
有力者が私財を投じて建設された例も
少なくない。

パンテオンの基礎構造や壁の厚みの計算、
一番厚い部分で約6.2mあるけれど、

材料を工夫して使い分け、下層のトラバーチンから
クーポラの上層は骨材を軽石に変えて薄くしてある。

クーポラを支えるドラムの壁の厚みは約7mあり、
5層の格天井の建築的工夫によって
円形の天窓を実現していることなど

古代ローマの人知、学問の高さ、
高度な技術には舌を巻く。

ハドリアヌス帝には、シリア出身の石工や
東方の属州から来た建築集団が付いていて、
構造力学や立体幾何学に明るい彼らがすべて形にした。

ハドリアヌス帝は現代の建築家に近いかもしれない。

tucasa_rome_ 058_R.JPG僕はこのパンテオンが一番好きなんだけど、
建物自体が巨大な日時計になっていて、

4月7日頃と9月2日頃の年2回、
太陽の神アポロンと天空の神ユピテル

を祀る壁龕(へきがん)のアーチに
天窓からの円形の光が重なる。

天文学や暦を自在に操る建築。

帝政時代が始まった紀元前27年に
カエサルの養子アウグストゥス帝に献呈した
ウィトルウィウスによって書かれた「建築書」に

建築家は、幾何学に精通し、音楽を理解し、
星学あるいは天空理論の知識を持つこと、とある。

そういえば、カエサルが計画して
アウグストゥスが完成したマルケルス劇場は、

二千年を経た現在も何家族かが暮らす建築物として
今も使われていて、毎日横を通って眺めていた。

「ローマを知るには一生では足りない」

つづく。

司建築工房

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 大地の樹木 本物の素材 火のある生活




posted by Koji at 20:45 | TrackBack(0) | 建築ツアー
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