2017年10月04日

チョイ住み in Firenze 1

ローマから高速鉄道でフィレンツェへ。

tucasa_firenze_ 268_R.JPG旅情を誘う駅は、イタリア人男性の
耳に心地よいアナウンスだけで、

騒がしい音がなく、
ただ電光掲示板を見つめて到着を待つ。


列車は何のアナウンスもなく動き出し、
車窓からトスカーナの風景を眺めながら
静かな大人の時間を楽しむ。

列車はやはり何のアナウンスもなく、
centrale S・M・novella駅に到着した。

思想の中心が神から人間に移され、
学問と芸術の宗教的束縛からの解放、個人の独立と自由など
近代の先駆けとなるルネサンスが生まれた街、フィレンツェ。

美術においては肉体描写、文学においては心理描写。
そして建築においては、幾何学や透視図法によって、
新しい秩序の都市計画が行われた。

車のなかった時代の人間的なスケールの理想都市は
広場や建築のファサードなどに表現された。

そういう視点で訪れた今回は、歴史的市街地の15世紀の建物を
18世紀にレスタウロした住居にチョイ住みしながら、
ローマに引き続き、毎日街歩きとルネサンスの芸術に触れた。

tucasa_firenze_ 836_R.JPGフィレンツェの初日にしたことは、
足にやさしい靴を買うことだった。

つま先から頭の先まで油断しちゃいけない、
イタリア男は特に靴に気を遣う、とばかり

ローマで気合いを入れ過ぎて、
膝に痛みを感じる始末。w

案の定、おしゃれな外国人観光客の
足元に注目したら、みんなカジュアルだ。

一日中歩き回る所詮旅人は、水を得た魚のように
石畳を軽やか歩くのでした。

新たな建築設計手法で行った建築家はブルネレスキだろう。

アンヌンツィアータ広場では、二つの独立した建物を
アーチが連続する柱廊のあるファサードにして、
広場の二面を同じ様式と材料と色で統一感を与えた。

tucasa_firenze_ 3448_R.JPGその後サンガッロが、広場のもう一面を
同じ言語の柱廊によって連続性を与え、
広場が一体化され、後に、

S・M・デル・フィオーレ大聖堂の
ドームに向かって

軸線となる位置に騎馬像と
その左右対称に噴水が設置されている。

ブルネレスキ初期の作品、捨子養育院と向かいの建物の柱廊は
人の背丈ほど階段上に高くなっていて腰掛けられるし、

可愛らしい子供のメダイオンの青が、他の色にもマッチしていい。

実際は大人たちの許し難い都合で、
織物に巻いた赤ん坊を置き去りにしたんだけど、、、

tucasa_firenze_ 846_R.JPGこの街は中世の街と同様、
街路沿いに建物が並んでいて、
通りから中へ入ると様々な中庭と回廊がある街だ。

それは多くのパラッツォや教会で見られるし、
今回借りた住居も同じで、
これが伝統的な中世の住居の作り方だろう。

ルネサンスの広場と云えば、
ピエンツァのピウス2世広場や

そしてローマのところで触れなかったけれど、
ルネサンス理想都市のアイデアの集大成とも言える
カンピドッリオ広場がある。(前の記事で写真掲載)

パウルス3世という文化レベルの高い施主に恵まれ、
円熟期のミケランジェロが才能を遺憾無く発揮できた。

カンピドッリオの丘は、古代ローマ時代には神殿が作られ、
ローマ市民にとっては町の起源を意味する象徴的な丘だった。

広場の隅の円柱上に、ローマ建国神話の
カピトリーノの雌狼像がある。(前の記事で写真掲載)

ミケランジェロは、この丘の両サイドに中世から建っていた
既存建物の条件を活かして、逆台形の広場にした。

逆台形の広場はピエンツァのピウス2世広場の先例があるんだけれど、
正面の聖堂が実際よりも近く、大きく見える。

ミケランジェロは両サイドを
神殿のようなオーダーの柱廊のある建物に改造して、
正面の建物も様式、材料、色に統一性を与えて、

広場を楕円形に、しかも階段上に掘り下げ、
床の舗装を地球儀のような曲線模様を描いて、
その中心に騎馬像を設置した。

ここが古代ローマの中心、すなわち世界の中心ということを
象徴的に表現したのだろう。

やはり空間の軸線、シンメトリー、透視図的効果を重要視した
ブラマンテ、ラファエッロと同じ考えが窺えるのでした。

つづく。


司建築工房

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 大地の樹木 本物の素材 火のある生活



























posted by Koji at 20:34 | TrackBack(0) | 建築ツアー
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