2017年10月02日

チョイ住み in Firenze 1

ローマから高速鉄道でフィレンツェへ。

tucasa_firenze_ 268_R.JPG旅情を誘う駅は、イタリア人男性の
耳に心地よいアナウンスだけで、

騒がしい音がなく、
ただ電光掲示板を見つめて到着を待つ。

列車は何のアナウンスもなく動き出し、
車窓からトスカーナの風景を眺めながら
静かな大人の時間を楽しむ。

列車はやはり何のアナウンスもなく、
centrale S・M・novella駅に到着した。

フィレンツェの富はアルノ川からもたらされた。

アルノ川の岸辺の恵まれた交易地点で、
当時の最先端技術による質の高い毛織物と絹織物を製造した。

染色、縮絨など織物の製造過程で大量の水を必要とする。

原料や生地を輸入し、製造加工して、
ヴェネツィアやジェノヴァの地中海貿易を通じて輸出した。

裕福になった商人のジョヴァンニ・デ・メディチは、
教皇に金を貸付け、銀行業でさらに財産を築く。

tucasa_firenze_ 775_R.JPGフィレンツェは銀行業の一大中心地となり、
1420年代には72の銀行があった。

14世紀、ペトラルカは
ラテン語の文法を整理するため
古代ローマの文献を収集し研究していた。

大概歴史的な書物というものは、
筆者の主観で虚飾される傾向があるけれど、
古代ローマ人は真実を綴った。

15世紀、父の遺産を受け継いだコジモ・デ・メディチは、
ペトラルカの影響から古代ローマの著述家に魅せられる。

その情熱はフィレンツェの学者たちを巻き込み、
彼らは、キリスト教会が長い間異端としてきた思想を見つける。

人は神に作られたのではなく、知識は神によって示されるのではなく、
人は新しい真実を発見し、創る能力が備わっているという
ヒューマニズムの思想だった。

この新しい情熱は、古代の手稿の収集に駆り立て、
コジモは発見しうる稀覯本のすべてを購入し、何千冊もの本を集める。

思想の中心が神から人間に移され、
学問と芸術の宗教的束縛からの解放、個人の独立と自由など
近代の先駆けとなるルネサンスが生まれた街、フィレンツェ。

美術においては肉体描写、文学においては心理描写。
そして建築においては、幾何学や透視図法によって、
新しい秩序の都市計画が行われた。

車のなかった時代の人間的なスケールの理想都市は
広場や建築のファサードなどに表現される。

そういう視点で訪れた今回は、歴史的市街地の
15世紀の住居にチョイ住みしながら、ローマに引き続き、
毎日街歩きとルネサンスの芸術に触れることができた。

tucasa_firenze_ 836_R.JPGフィレンツェの初日にしたことは、
足にやさしい靴を買うことだった。

つま先から頭の先まで油断しちゃいけない、
イタリア男は特に靴に気を遣う、とばかり

ローマで気合いを入れ過ぎて、
膝に痛みを感じる始末。w

案の定、おしゃれな外国人観光客の
足元に注目したら、みんなカジュアルだ。

一日中歩き回る所詮旅人は、水を得た魚のように
石畳を軽やか歩くのでした。

15世紀に入り、サン・ジョヴァンニ洗礼堂の扉の共同制作を
ブルネレスキが辞退したあと、

人文主義者の学者が古代の文献から学んだように
ドナテッロとブルネレスキが、ローマへ出向き、

古代ローマの遺跡の調査研究を行って、
ローマ建築から構造を学び、空間の秩序と柱のオーダーを発見する。

つづく。


司建築工房

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 大地の樹木 本物の素材 火のある生活



























posted by Koji at 20:34 | TrackBack(0) | 建築ツアー
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