2017年10月06日

チョイ住み in Firenze 3

ここまでくるとアカデミア美術館にある
ダビデ像に触れないわけにはいかない。

tucasa_firenze_ 485_R.JPG石から掘り出されたことを忘れてしまうほど、
割礼の跡がないルネサンスの表現と
血管や筋肉の弾力感は生身の人間のヌードだ。

ダビデ像の前には未完の彫刻作品が並べてあり、
一部分だけ肉感的なノミの跡が残る石の塊を観ると、

しかもサン・ピエトロ大聖堂のピエタや
このダビデ像が20代の作品だと思うと
凄い芸術家だと改めて感服する。

ローマのところで触れなかったけれど、
彫刻で感動したと云えばベルニーニ。

ボルゲーゼ美術館にある「プロセルピナの略奪」は、
僕が一番心奪われた彫刻作品だ。

tucasa_rome_ 3231_R.JPGギリシャ神話の一場面を
逃げようとする抵抗の躍動感でドラマティックに、

しかも指が柔らかなもとももに喰い込むリアリティを
またふたりを3次元にどの方向から見ても

破綻のないように掘り出す
造形能力には圧倒される。

「アポロとダフネ」の逃げて触られた瞬間の月桂樹に姿を変えていく瞬間が
目の前で繰り広げられているような劇的なドラマ性。

ふたりと木や葉っぱを絶妙なバランス感覚で掘り出す技は、
古代ローマやギリシャを超越した人類最高の彫刻家とさえ僕には思える。

ベルニーニはバロック時代の人で、ローマにある数々の噴水彫刻は、
ローマの街を劇場のような場に変えた。

またサン・ピエトロ大聖堂前のコロネードでは、
なるべく多くの市民を収容できるように楕円形と台形で、
大聖堂を遠く感じさせず、中心性を持って引き立たせた。

これらの芸術は、文化に理解あるパトロンの支援があったればこそ、
今の我々が堪能させてもらえるのだ。

tucasa_firenze_ 775_R.JPGそういった意味で、
フィレンツェでのルネサンス期に支援した

メディチ家などの功績は、
やはり後世に語り継がれる偉業だ。


ウフィッツィ美術館にも
必ず見たい美術品がある。

リッピに師事したボッティチェッリの
「プリマヴェーラ」と「ヴィーナスの誕生」。

tucasa_firenze_ 668_R.JPGメディチ家のカステッロの別荘に
飾られていたという対をなす作品は、

宗教的モチーフを題材にしたものでなく
ギリシャ神話に因んだ題材で、

古代ローマ時代の人間性の再生、
人間と自然の美を表現した立体感と物質感は、
僕が一番ルネサンスの息吹を感じる作品だ。

生でじっくり観ると植物等実によく描いてあって、
ヴィーナスの表情になぜか泣けてきた。

ヴェロッキオに師事した20歳のダ・ヴィンチの「受胎告知」は、
すでにスフマートの技法や遠近法で描き、
大天使ガブリエルのまなざしに心を惹きつけられる。

そして、キアロスクーロの技法でテネブリズムとも呼ばれる
劇場の舞台のような明暗のコントラストの中に

感情を表現した人間ドラマを描いたカラヴァッジョは、
ルネサンスにはない異質の感動を与える。

ローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会の
壁面に描かれた「聖マタイの召命」「聖マタイの殉教」と

サンタゴスティーノ教会の壁面に描かれた
「ロレートの聖母」が今でも心に残る。

支援した人がいて、芸術家が才能を発揮し、
それを保存修復に努めた人がいて、

愛しんで鑑賞した人々がいたからこそ、
こうして望めば感動に浸れることができるのだ。

tucasa_firenze_ 360_R.JPG現在でも世界遺産や芸術作品の修復費用は、
入場料以上に

民間企業の寄付によって守られていることは、
ローマのところでも書いた。

サン・ジョヴァンニ洗礼堂にある、
ギベルティが27年間製作に没頭したという

通称「天国の扉」のレプリカ製作は、
日本の茂登山長市郎さんの寄贈だ。

市民が住みたいと感じる、
世界の人々が訪れたいと思えるまちづくりの陰には、

文化財と名の付く保存ではなく、
名もない歴史的建造物が集まった街の保存を

名もない一人ひとりの建物所有者や
商業を営む経営者一人ひとりが、保存再生に投資をし、

建築家が魅力的なレスタウロをし、
そのほとんどが民間工事によって

都市の保存がなされてきたことを
忘れてはならない。

長くなりましたので、別の機会に致します。


司建築工房

♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・♪
 大地の樹木 本物の素材 火のある生活

posted by Koji at 19:30 | TrackBack(0) | 建築ツアー
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/181181852

この記事へのトラックバック