2017年10月08日

トスカーナの休日 2

たまたま泊まった宿が、元ローマ教皇庁の書記官の邸宅で、
13世紀の建物だった。

その頃は日が暮れると城門は閉ざされて、
住民は運命共同体として一致団結の夜を過ごしていた。

囲郭都市は乾燥地帯に分布して、人が生きていくための貴重な水である
集落の井戸を他の部族に奪われないように死守する心理は、
海で守られ、自然に恵まれた日本人には想像し難い。

乾燥地域の戦闘の歴史が、丘の高台に街を築き城壁を巡らした。
そうした城壁が身近な集落の方々との平和な夜を共有した。

tucasa_pienza_ 1169_R.JPG朝、夜明け前の散歩。
ピエンツァの街から見下ろすオルチャの谷に
白い朝靄がたなびき、

朝日が昇って、
果てしなく続く丘を照らした風景は、
2オクターブくらいテンションが上がった。

美味しい空気、鳥や動物の声と鐘の音。
樹々や土の匂い。

tucasa_pienza_ 1206_R.JPG近代的なものや豪華なものはないのに
五感で癒される。

より速く、より簡単に、より便利に、
東京ーハワイをロケットで30分とか、

その一方で歴史や環境を
破壊していることには目を向けない。

ライフスタイルを含めて社会が急速に激動している中で、
人間にとって心地よく大切なものって何なのかを気付かされる。

部屋の窓からの景色は、
オレンジ色の屋根の向こうに広がるトスカーナの絶景。

tucasa_pienza_ 1378_R.JPGこの宿の朝食は、
混じりっけのない本物の味だと感動するもので、

簡素な中にも設えからきちんとした食器で、
きちんとした食事をすることの大切さを
改めて感じさせて頂けるものだった。

給仕の方の家が隣町のモンテキエーロという
地図にも載っていないような町だけれど、

とても綺麗なところで、また違ったオルチャの谷を見られますよ、
とのことで、廻りの小さな集落を転々とドライブ。

渓谷には、中世にローマからエルサレムへの主要な巡礼路として
多くの巡礼者や商人たちが行き交った、フランチジェーナ街道がある。

tucasa_pienza_ 1445_R.JPG隣町から見る丘の上の
ピエンツァは一軒の家のようだった。

城壁の中はまるで室内のように
建物も街路も広場も素材が統一されていて、
人間性豊かな家族の営みが感じられた。

オルチャの谷はすべて家族の庭なのだ。

こうした広大な景観は、
厳しい土地利用規制によって

保全されているんだけど、
実はすべて民間で行われている。

まちづくりの会社はポケットマネーを出し合って作られた。

自然保護区域に登録すると、区域内での一切の建築に許可がいるし、
水道や電気を引くにも制約を受け、好きにできなくなる。

でも区域内の五つの町や村の人々は、
自分たちの地域が生き残るためにも
美しく守る枠組みを決めるべきだと犠牲を受け入れた。

地元の事業者のためならと資金面で援助したのが
民間のシエナの銀行だ。

tucasa_pienza_ 1447_R.JPG80年代からアグリツーリズムと
スローフードが、農業所得を拡大させ、

過疎で放棄された建物の補修も進み、
景観保全に大きく貢献している。


個人の利益より人類の遺産を優先させるというイタリア人の考え方、
文化的景観という発想をしっかり胸にしまう。

帰り道はやはり囲郭都市であるシエナに立ち寄ったんだけど、
一際高い城壁をくぐって中世のカンポ広場をめざす。

広場を囲う建物の輪郭がフリーハンドのような歪んだ形を作って、
自然の傾斜とともに親しみの湧く広場だ。

外壁の色や窓の形は様々だけど、
まるで劇場のボックス席のような連帯感がある。

地面は低い排水口から放射状に描かれて、
杉綾模様の煉瓦で舗装されていた。

立派な城壁に囲われたシエナの街は、
他の街と同じ文法を使った中世の街なんだけど、

それぞれ街ごとに個性があって画一的でなく、
色んな街を訪ねてみたくなる旅心をますますくすぐった。

主要な街を繋ぐ高速道路は無料で合流し、渋滞もなく、
目的の街ですっと降りるのは、ドイツと同じだ。

行きとは違った道で、トスカーナの赤く染まった景色を満喫しながら、
アルノ川を渡って、フィレンツェの旧市街へ戻ったのでした。

司建築工房

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 大地の樹木 本物の素材 火のある生活
posted by Koji at 22:06 | TrackBack(0) | 建築ツアー
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