2017年10月14日

チョイ住み in Venezia 4

古代ローマ人は、公衆浴場に広い中庭を造り、
そこで子供たちも遊び、野戦病院でさえ中庭があり、
噴水や樹木、草花で満たされていた。

地中海世界では古代から中庭が一貫して使われてきた。

建物がぎっしり並んでいる通りからは想像もできない
地上の楽園のような空間だ。

tucasa_venezia_1784_R.JPG知的好奇心とロマンに溢れた商人たちは、
地中海世界の中庭に感動したに違いない。

ヴェネツィアの住宅は、
通路から一歩中へ入れば私的空間で、

中庭を取り込みながら、
徹底して快適性と独立性を確保している。

複数の家族が一つの建物に住んでいても
それぞれの中庭と階段を持ち、お互い顔を合わせることなく
プライバシーが守られるように巧みに作られている。

土地が少ないヴェネツィアの倉庫と居住部分を
上下に積み重ねる実用主義的な構成は、
日本における建築にも大いに参考になると思われる。

敷地の周辺環境を捉え、住む人の心理を考えた
見事な内部構成力は、良き刺激を頂いた。

古代ギリシャの広場アゴラや
1世紀頃ポンペイのウエッティ家の円柱廊で囲われた中庭、
ヴィラ・ロマーナの回廊などの原型があるけれど、

古代ローマの遺跡が残るお膝元のローマでさえ
廊空間によって囲まれた広場が作られるのは、
ルネサンス以降だったことはフィレンツェのところで書いた。

tucasa_venezia_ 3033_R.JPG1層目が連続したアーチのポルティコで、
2・3層目が2分の1の幅のアーチによる
旧行政館をはじめ、

開放感のある外壁によって囲まれた
サン・マルコ広場は、

サン・マルコ寺院がほぼ現在の姿になった
12世紀まで遡れるという。

中世のイスラム都市ではすでに
アーチのある回廊状の広場が
存在していたと思われる。

ヴェネツィア人は、サン・マルコ寺院の建立に着手した時から
研究機関が充実し、自然科学が発達したヘレニズム文化が融合した
ビザンチン帝国の東方デザインを変えていない。

tucasa_venezia_ 1981_R.JPGサン・マルコ寺院の
床の幾何学模様のモザイクには、

ビザンチンの知力の高さに
度肝を抜かれた。

イスラム芸術は幾何学パターンを
その背後の秩序によって複雑に織り合わせ、

中心性や無限性の概念を表し、
有機的な生命やリズムを体現する。

ドゥカーレ宮殿は、1層目の上に2層目が2分の1の幅の
尖頭アーチとゴシックの優美な回廊で廻らし開放感があり、

ピンクと白の大理石でモワレのような色気のある壁面と
回廊の床面も幾何学模様で織り成されている。

明治の日本にジョサイア・コンドルが招かれたように、
ギリシャ人技師がビザンチン様式の教会建築を指導し、
その後の住宅建築にもオリエントの影響を色濃く残すことになる。

tucasa_venezia_ 2145_R.JPG三列構成プランのヴェネツィアンゴシックが
街の独自のスタイルとして完成して、それは
ルネサンス、バロックにおいても踏襲された。

ルネサンス以降、建築家が
個性的な作風を競い合っていた時代でも

基本的には景観の変化に対して
慎重な考え方を持っていたから
この独特の中世的都市空間が守られてきたのだ。

日本では歴史的建造物を壊して、
小さな新築が建ち並ぶ風景に一変させてしまったけれど、

貴族の邸宅も庶民の家も、近代になって用途が変わり、
細分化されて使われていても、街の風景は持続させるのでした。

つづく。

司建築工房

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 大地の樹木 本物の素材 火のある生活

posted by Koji at 23:28 | TrackBack(0) | 建築ツアー
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