2019年08月29日

ヴィジェーヴァノを訪ねて

イタリアの広場については、
これまでいくつもブログに書いてきた。

中世以来、広場は相互扶助の精神を育み、
運命共同体の縮図であり、私より公を優先させてきた。

ヴィジェーヴァノという田舎町の中心に
忘れ得ぬドゥカーレ広場がある。

ロンバルディア地方の自治都市国家は、
歴代の神聖ローマ皇帝のイタリア支配に
ロンバルディア同盟で対抗し、

ルネサンス文化が花開いたイタリア内でも
諸国家が覇権を争い、フランスやハプスブルク家も加わり、
戦闘や駆け引きが繰り返されていた。

傭兵隊長だったフランチェスコ・スフォルツァが
ヴィスコンティに代わってミラノ公国を支配し、

ルドヴィコ・スフォルツァは、
レオナルド・ダ・ヴィンチやブラマンテなど
多くの学者や芸術家を長年庇護した。

ミラノのS・M・グラツィエ聖堂にある
ダ・ヴィンチの最後の晩餐や

tucasa_vigevano_8830_R.JPGヴィジェーヴァノに今も残る
堅牢な城門や城塞など、

芸術分野に限らず、
砲撃に備えた要塞や都市計画など
多方面で才能を発揮した。

ここはその後の戦争でも破壊されることなく、
馬と人が共存した中世の街並みと共に
ドゥカーレ広場が、ルネサンスの面影を今に伝えている。

ロマネスク建築で生み出されたロンバルディア帯は
その名のごとくこの地方発祥のデザインだ。

広場を囲む建物の軒高を3面揃え、外壁のデザイン、
ポルティコのアーチ、窓の形まで徹底した統一感、
その連続性とリズムは室内空間のようだ。

tucasa_vigevano_ 197_R.JPG残りの1面にあるドゥオーモは、
広場の縦軸とは
ズレて配置しているにも関わらず、

バロック時代に広場側を
広場の中心軸に合わせて、
しかも凹面の曲線状に囲んで、

まるで野外劇場の舞台を思わせる
魅力的な正面性を形成している。

このバロックの外壁は、
シンメトリーに4つの扉があって、
その中の一つが街路になっている。

建物の外壁が広場に形を与え、
曲線状に囲まれた広場と云えば、
ローマのサン・ピエトロ広場や

スタジアムの観客席の曲線のまま凹面の外壁で囲まれた
ナヴォーナ広場が思い出されるけれど、

廻りの建物の高さに対する広場の幅が
親密感、スケールの気持ちよさを生む。

低く赤い煉瓦屋根には、
塔のミニチュアのような様々な煙突が見える。

広場の地面には、室内の床に施された幾何学模様さながらに
玉石と花崗岩で敷かれた模様が、

この広場にアクセスする5か所の道へ繋がる
人の流れを作り出し、動的な要素を醸し出す。

時代の潮流、刻一刻と移りゆく情勢の中で
生み出された珠玉の場所。

人々の価値観の変容の中で、風化させることなく
守り抜いた誇り高き人々。

奇跡の星、地球に生かされているヒトの一瞬の輝きのように
永遠に変わらないためには、変わり続けなければならないのだ。



司建築工房

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 大地の樹木 本物の素材 火のある生活
posted by Koji at 20:04 | TrackBack(0) | 建築ツアー
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