2009年01月03日

プラハ巡礼

夜明け前、プラハへの列車は1等席で、
ベルリンの友人が手配してくれたのでした。

隣の乗客の声も全く聞こえないし、
他の乗客の姿も見えない。

DSCN2886.JPG列車の旅がいいと思うのは、
思想して、気づきの時間を与えてくれる。

スピードがちょうどいいのだろう。

この日、車窓から見た夜明け前の
空の色に感動してしまった。

紫がかった深い青。ピカソの青の時代や
ベルリンで見たパウル・クレーの青はこの青だと・・・、
日本には全くない色だ。


青 ― 最初青が使われるのは聖母マリアの衣装ぐらいで、
その後フェルメールが一般庶民の服に青を用いる。

18世紀のベルリンがプロシア王国だった頃、
ラピスラズリに代わって偶然できたプルシアンブルーが世界を渡って、

浮世絵の安藤広重が用いて、その浮世絵が
ヨーロッパの印象派の画家に影響を与えた。。。


夜が明けてくると、車窓は一枚の絵のように、
風景を映し出してくれる。

X.JPGプラハの駅にはカリヨニアの友人と
ポーランド人の彼女が出迎えてくれて、
そのままプラハ観光となった。

プラハは10世紀の街。
パリは15世紀の街だけど、

なぜヨーロッパの侵略戦争の歴史にあって、
プラハは日本の京都のように残されたのか。

ここの人たちは、外国から攻めてきても勝とうと思わなかった。
負けるが勝ちと降参したから無傷だった。

ただそれゆえ、いろんな時代の建築が混在していて、
不協和音というか、パーツは素晴らしい味のあるディテールで、
ロケに多く使われるのも頷けるけれど、

全体の街並みとなると、いまいち絵にならない印象を受けた。
イタリアとかの方が、時代が纏まっていて美しいかもしれない。

i.JPGでも、夜になると、
ランタンの灯りですごく美しかった。

プラハと言えばモーツァルト。
オペラ「フィガロの結婚」
「プラハ」という題名の交響曲も書いている。

オペラ「ドン・ジョバンニ」や
有名なクラリネット協奏曲も初演はプラハだった。

ほとんど毎日、どこかの教会で、音楽コンサートが開かれていて、
教会での響きを楽しんできたのでした。

外はマイナス8度のプラハで、友人と朝まで飲み明かしてしまった。
なんと言ってもチェコのピルゼンで作られたビールが、
ピルスナーの起源で、バドワイザーもチェコ発祥だ。

ビールの起源はエジプトだけど、僕の大好きな白濁のドイツビールの
バイツェンの発祥は、ベルギーだ。

世界遺産の街、プラハ。

DSCN2986.JPGプラハではポーランド人の彼女(ピアニスト)
のポーランド家庭料理を頂いて、

音楽の話、
特に僕の一番好きなショパンの曲で
共感を育んだ。

今回のベルリン・プラハの旅で
東ヨーロッパの哀愁が今でも残っている。

司建築工房

♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・♪
 大地の樹木 本物の素材 火のある生活
posted by Koji at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) |
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