2017年10月03日

チョイ住み in Firenze 2

フィレンツェでは13世紀の終から、
シエナやピサの大聖堂に対抗して、
3万人を収容できる大聖堂が着工されていた。

すでに地上45mの高さの八角形のゴシックの壁ができていて、
そこに直径43mのクーポラを架ける解決方法を
1418年ブルネレスキが提案している。

ローマのパンテオンは、軽量コンクリートという
驚くべき技術で実現させたけれど、

ブルネレスキは、コンクリートではなく、仮枠なしで、
煉瓦を二重構造の格子状のアーチにして、

一定の位置で杉綾形に積んで、
木材と鉄のテンションリングで締め付けて実現させた。

足場や荷積み作業のプラットホームなど
難工事の作業実務の工夫を職人に指示し、

道具の発明まで現場の監理に関わった人で、
クーポラは1420年から16年で完成した。

tucasa_firenze_ 535_R.JPG正面の装飾や外装の3色の大理石が
完成するのは19世紀の後半だけれど、

街路や窓から見える
S・M・デル・フィオーレ大聖堂の

八角形の美しい煉瓦製ドームは
後世の人々に残した素晴らしい遺産だ。

古代ローマ建築に触発されたブルネレスキは、
ゴシック聖堂のようなそびえ立つ美ではなく、
数学的に各部の比例が調和した美を描いていた。

大聖堂の工事監理者が決定するまでの間の1419年、
その理想を初めて形にしたのが、無垢な子供のための養育院だ。

アーケードの柱とアーチは、
円と正方形の単純な比例になっていて、

鉄製の細いタイバーで横揺れを防いで、
柱は細く、壁は薄く、軽快な表現で、
ヒューマンスケールの建築を生み出した。

tucasa_firenze_ 337_R.JPG構造と仕上げは分離して、
ピエトラ・セレーナの砂岩と漆喰塗りに

可愛らしい子供のメダイオンの青が
調和の取れたアクセントになっている。

神のためではなく、
人のためのルネサンス建築だ。

後継者がアンヌンツィアータ広場を囲む建物を
同じ様式と材料と色で統一感を与え、

S・M・デル・フィオーレ大聖堂の
ドームに向かって、軸線を与えた。

tucasa_firenze_ 897_R.JPGブルネレスキが設計したサン・ロレンツォ教会や
サンタ・クローチェ教会パッツィ家礼拝堂も

設計者と現場監督の立場で建築を味わうほどに
大変な熱意と苦労を感じ入る。

14世紀以降、戦争に
火薬が使われるようになると

市壁など敵の砲撃に耐えるだけの強度が必要になり、
ブルネレスキやレオナルド・ダ・ヴィンチは、
軍事構築物の設計、監督もするようになる。

古代ローマに学んだブルネレスキとドナテッロは、
パトロンの望むまま、彫刻でも金属細工でも
建築でも何でもこなした。

つづく。


司建築工房

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2017年10月02日

チョイ住み in Firenze 1

ローマから高速鉄道でフィレンツェへ。

tucasa_firenze_ 268_R.JPG旅情を誘う駅は、イタリア人男性の
耳に心地よいアナウンスだけで、

騒がしい音がなく、
ただ電光掲示板を見つめて到着を待つ。

列車は何のアナウンスもなく動き出し、
車窓からトスカーナの風景を眺めながら
静かな大人の時間を楽しむ。

列車はやはり何のアナウンスもなく、
centrale S・M・novella駅に到着した。

フィレンツェの富はアルノ川からもたらされた。

アルノ川の岸辺の恵まれた交易地点で、
当時の最先端技術による質の高い毛織物と絹織物を製造した。

染色、縮絨など織物の製造過程で大量の水を必要とする。

原料や生地を輸入し、製造加工して、
ヴェネツィアやジェノヴァの地中海貿易を通じて輸出した。

裕福になった商人のジョヴァンニ・デ・メディチは、
教皇に金を貸付け、銀行業でさらに財産を築く。

tucasa_firenze_ 775_R.JPGフィレンツェは銀行業の一大中心地となり、
1420年代には72の銀行があった。

14世紀、ペトラルカは
ラテン語の文法を整理するため
古代ローマの文献を収集し研究していた。

大概歴史的な書物というものは、
筆者の主観で虚飾される傾向があるけれど、
古代ローマ人は真実を綴った。

15世紀、父の遺産を受け継いだコジモ・デ・メディチは、
ペトラルカの影響から古代ローマの著述家に魅せられる。

その情熱はフィレンツェの学者たちを巻き込み、
彼らは、キリスト教会が長い間異端としてきた思想を見つける。

人は神に作られたのではなく、知識は神によって示されるのではなく、
人は新しい真実を発見し、創る能力が備わっているという
ヒューマニズムの思想だった。

この新しい情熱は、古代の手稿の収集に駆り立て、
コジモは発見しうる稀覯本のすべてを購入し、何千冊もの本を集める。

思想の中心が神から人間に移され、
学問と芸術の宗教的束縛からの解放、個人の独立と自由など
近代の先駆けとなるルネサンスが生まれた街、フィレンツェ。

美術においては肉体描写、文学においては心理描写。
そして建築においては、幾何学や透視図法によって、
新しい秩序の都市計画が行われた。

車のなかった時代の人間的なスケールの理想都市は
広場や建築のファサードなどに表現される。

そういう視点で訪れた今回は、歴史的市街地の
15世紀の住居にチョイ住みしながら、ローマに引き続き、
毎日街歩きとルネサンスの芸術に触れることができた。

tucasa_firenze_ 836_R.JPGフィレンツェの初日にしたことは、
足にやさしい靴を買うことだった。

つま先から頭の先まで油断しちゃいけない、
イタリア男は特に靴に気を遣う、とばかり

ローマで気合いを入れ過ぎて、
膝に痛みを感じる始末。w

案の定、おしゃれな外国人観光客の
足元に注目したら、みんなカジュアルだ。

一日中歩き回る所詮旅人は、水を得た魚のように
石畳を軽やか歩くのでした。

15世紀に入り、サン・ジョヴァンニ洗礼堂の扉の共同制作を
ブルネレスキが辞退したあと、

人文主義者の学者が古代の文献から学んだように
ドナテッロとブルネレスキが、ローマへ出向き、

古代ローマの遺跡の調査研究を行って、
ローマ建築から構造を学び、空間の秩序と柱のオーダーを発見する。

つづく。


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2017年10月01日

チョイ住み in Rome 5

19世紀にイタリアが統一し、ローマが首都になり、
二つの大戦を終えた70年代。

古いものを壊さず、残しさえすれば、
それが観光資源となり、文化価値となり、経済価値となることに
イタリアの自治都市国家の人々は気づいた。

価値があるのは、便利さや効率性ではなくて、
歴史の重層性を現代に活かすことで、
彼らは全部壊して一から作り直すことを止めた。

tucasa_rome_ 089_R.JPG景観規制は、建物だけでなく、
看板、広告物、店舗デザインにまで及ぶ。

建物の外観を維持するだけでなく、
むしろ標識や広告物に調和を与える
デザイン手法が、

ローマの都市景観を形成している。

建物の外壁は限られた素材で統一感があって、
何より標識や看板の素材や材質まで建物と調和している。

内部は歴史の記憶や豊かさを生かしつつ、
現代のニーズに合わせた空間づくりがなされて、
近代の新築した建物には出せない魅力に溢れていた。

ジェントリフィケーションが起きて、
歴史的市街地にはかなりの高額所得者しか住んでないという
格差社会も垣間見えたりするけれど、

tucasa_rome_ 142_R.JPG先人たちが築いた玄武岩の石畳にしても、
現在の市民の方々の街の美観を
保存したいという尊い意思によって、

我々はかけがえのない文化遺産を
享受させてもらえる。

コロッセオはローマの貴重な遺産であるという市民の声が高まり、
19年間に渡って大規模な修復工事が行われたんだけど、
その費用は民間の銀行が負担している。

tucasa_rome_ 206_R.JPGその他数々の文化遺産や美術品の修復費用は、
実は民間企業の寄付金で賄われている。

利益の半分は地元に戻すという企業倫理が、
イタリア文化の奥深さかもしれない。

ある夜の歩き疲れて、たまたま入った
壁がワインで埋め尽くされた
クチーナはいい思い出だ。

店長含め3人の男性給仕の
ゴッドファーザーの世界を彷彿とさせる出で立ちと

プロフェッショナルな身のこなしは、
まるでオペラの舞台のようだった。

お薦めのトスカーナのTボーンステーキを頬張ったら
旨い!目がランランとしてエネルギーが湧いてきた。

tucasa_rome_ 3304_R.JPG店長からのおごりですという
アマーロの美味しさは、絶品のティラミスと

心温まるメッセージのカプチーノの
想い出とともに、今でも舌が覚えている。

街を見下ろす丘から
ローマの街並みを眺める。。。

ローマは歴史の物語が沢山詰まった宝箱だった。


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2017年09月30日

チョイ住み in Rome 4

ナヴォーナ広場にはボッロミーニのサンタニェーゼ教会と
ベルニーニの四大河の泉があるけれど、

元は1世紀に建てられた3万人収容のスタジアムの跡地で
観客席だった強固な躯体を利用した店舗が並び、

スタジアムの曲線がそのまま凹面の外壁となって、
歴史を記憶に残した形になっている。

tucasa_rome_ 185_R.JPGボッロミーニの、交差点の四角に噴水のある
クアトロ・フォンターネ聖堂は、
曲面に波打ったファサードに

内部の楕円形のドーム天井が、
十字形と八角形と六角形で、

見事な幾何学模様になっていて、
上に行くほど狭く納まる、
イスラム芸術の三次元デザインを思わせる天才的な空間だった。

様々な広場や噴水は市民の憩いの場となり、
ボルゲーゼ公園などの広大な緑地の自然公園もあり、
街中に心地よい居場所がたくさん作ってある。

tucasa_rome_ 3119_R.JPGボルゲーゼ公園のある
ピンチョの丘の斜面に作られた

スペイン階段やトレヴィの泉も
バロック時代のものだ。

これらの劇場的な空間は街に開かれていて、
身近に立ち寄れて、腰掛けられる。

トレヴィの泉は建物に囲まれて、街路より掘り下げられているので、
俯瞰によってこの劇的な空間が一瞬にして心に焼き付けられる。

そういえばパンテオンからトレヴィの泉に向う途中に
アントニヌス・ピウス帝が2世紀に建てた
ハドリアヌスの神殿の列柱が現存していた。

柱脚の基礎構造も見える状態になっていて、
採石場の名残で石の広場と呼ばれている。

ボルゲーゼ美術館にあるベルニーニの「プロセルピナの略奪」は、
僕が一番心奪われた彫刻作品だ。

tucasa_rome_ 3231_R.JPGギリシャ神話の一場面を
逃げようとする抵抗の躍動感でドラマティックに、

しかも指が柔らかなもとももに喰い込むリアリティを
またふたりを3次元にどの方向から見ても

破綻のないように掘り出す
造形能力には圧倒された。

「アポロとダフネ」の逃げて触られた瞬間の月桂樹に姿を変えていく瞬間が
目の前で繰り広げられているような劇的なドラマ性。

ふたりと木や葉っぱを絶妙なバランス感覚で掘り出す技は、
古代ローマやギリシャを超越した人類最高の彫刻家とさえ僕には思える。

tucasa_rome_ 3371_R.JPGベルニーニの
ローマにある数々の噴水彫刻は、
ローマの街を劇場のような場に変えた。

サン・ピエトロ大聖堂前のコロネードでは、
なるべく多くの市民を収容できるように

長軸200mの楕円形と台形で囲み、
大聖堂を遠く感じさせずに、オベリスクの中心性をより引き立たせた。

カトリック教会は権威を高めるため、
教会を彫刻や絵画で飾り立てた。

tucasa_rome_ 068_R.JPGカラヴァッジョのキアロスクーロの技法で
劇場の舞台のような
明暗のコントラストの中に

感情を表現した人間ドラマは、
ルネサンスにはない異質の感動を与える。

ローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会の
壁面に描かれた「聖マタイの召命」「聖マタイの殉教」と

サンタゴスティーノ教会の壁面に描かれた
「ロレートの聖母」が今でも心に残る。

この教会の方が、柱にラファエロの絵もあるよと案内して下さった。
ラファエロは、ミケランジェロのあの天井画を見た後、

既に完成していた絵を壁から削り落として、
ミケランジェロ風の人体表現と色彩に描き直した。

「天地創造」の天井画はそれほど後の芸術家に多大な影響を与えたのだ。

つづく。


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2017年09月29日

チョイ住み in Rome 3

ルネサンスの広場と云えば、
ピエンツァのピウス2世広場や

ルネサンスの理想都市のアイデアの集大成とも云える
ミケランジェロが設計したカンピドリオ広場がある。

祭壇画と時期は被るけれど、
文化レベルの高いパウルス3世の理解のもと、
円熟期のミケランジェロが才能を遺憾無く発揮できた。

カンピドリオの丘は、古代ローマ時代には神殿が作られ、
ローマ市民にとっては町の起源を意味する象徴的な丘だ。

tucasa_rome_ 035_R.JPG広場の隅の円柱上には、ローマ建国神話の
カピトリーノの雌狼像がある。

ミケランジェロは、この丘の両サイドに
中世から建っていた既存建物の条件を活かして、
逆台形の広場にした。

広場を囲む建物に
様式、材料、色に統一性を与えて、
広場の中央を楕円形にしかも階段状に掘り下げた。

この高低差が空間を魅力的にして、
より中心性と親密感を高める効果があると思われる。

床の舗装には地球儀のような幾何学模様を描いた。
室内の絨毯のように美しい模様で舗装するのは
ルネサンス以降の特徴だ。

その中心には五賢帝最後の
マルクス・アウレリウスの騎馬像が設置されている。

ここがローマの中心、世界の中心ということを
象徴的に表現したのだろう。

これも自身では完成を見ていないけれど、
空間の軸線、シンメトリー、透視図的効果を重要視した
ブラマンテと同じ意図が窺える。

tucasa_rome_ 199_R.JPG保存修復の起源はルネサンスに遡れるけれど、

ミケランジェロがディオクレティアヌス帝の
4世紀初頭の浴場跡の大浴場部分を

S・M・デッリ・アンジェリ教会に
レスタウロしている。

当時の一大娯楽施設の壮大さを想像できるものだ。

地下には湯を焚く施設や床暖房設備が完備し、
トイレは常に水が流れる清潔なもので、

ポルティコで囲まれた中庭には草花が植えられ、
ギリシャ彫刻が置かれ、サウナやプール、フィットネス、
図書館、レストランや美容室もあった。

裕福な貴族たちは仕事は午前中だけで、
昼からは娯楽を楽しみ、浴場で垢を落し、

労働や家事は奴隷たちがしていたから
さぞ贅沢な暮らしぶりだったと想像する。

テルミニ駅前に広がる共和国広場を縁取る半円形の建物も
元は浴場の壁面だったから、かなりの巨大浴場だったことが想像される。

tucasa_rome_ 155_R.JPG今回は精力的にローマの街を歩いた。

毎朝カンポ・デ・フィオーリ広場の朝市で
果物と野菜と生ハムを買って、

バターをはじめ乳製品も新鮮で
美味しくてしかも安い。


中世の街並みは、建物の外壁面が様々な幅や形の街路と
色んな形の広場を形成して、変化に富んで、

街中には噴水がたくさんあって、
古代ローマの遺跡が目の前に現れる。

ローマは元々沼地で、水は確保できたんだけど、
人口の増加と市民に良質な水を供給するために
何十キロも先から11本の水道を引っ張った。

そのうちの1本ヴィルゴ水道が、アックア・ヴェルジネ水道として
引き継ぎ、紀元前からの水を今だに供給している。

街路にふと現れる水飲み場からは、カルキの入っていない良質な水が、
24時間、365日噴出し続けている。

七つの教会に向う道路に軸線を与え整備し、
教会のそばにはランドマークとなるオベリスクを置き、

広場や要所には噴水の湧き出る泉を設置するという
シクストゥス5世の都市改造計画案をもとに
以後の教皇たちがバロックの街の景観を作っていった。

つづく。


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2017年09月28日

チョイ住み in Rome 2

イタリアは世界遺産の宝庫で、その60%はローマにあるという。

起伏のある地形に、古代ローマの皇帝たちが築いた都市構造の上に
西ローマ帝国滅亡以来、中世の千年の眠りから覚め、
ルネサンス以降の教皇たちによってバロックの都市が作られる。

建築や美術の文化遺産の影には、
キリスト=カトリック教会の権威があった。

ルネサンスはメディチ家をパトロンとしてフィレンツェで始まったけれど、
後期は教皇をパトロンとしてローマで展開された。

ミラノのスフォルツァ家に仕えていたブラマンテが、
フランス軍のミラノ侵攻を機にローマへとやってきた。

4世紀初頭にコンスタンティヌス帝が、
殉教した聖ペテロの墓の上に建てた旧サン・ピエトロ聖堂を
教皇ユリウス2世が建て替える英断を下す。

ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂は、
ギリシャ十字に幾何学形態が立体的に繋がり、
中央に正半球のドームが載るブラマンテの計画案に

教皇パウルス3世の命に従った晩年のミケランジェロが、
構造的なプラン修正を行う。

tucasa_rome_ 3343_R.JPGクーポラのドラムの部分ができたところで、
ミケランジェロ自身は
完成を見ることはできなかったけれど、

1世紀以上の年月を掛けて、
材料を軽減できる二重リブ構造のドームの外観は、

自重に耐える紡錘形になったものの
内部の正半球の天井は実現された。

6世紀に建てられた聖ソフィア大聖堂は、
パンテオンのような円筒形ではなく、
メッカの方向に横に並ぶ礼拝に相応しい四角い礼拝堂で、

ペンデンティブという球面三角形によってドームを載せて、
ドームの荷重はバットレス(控え壁)で支えたけれど、

この頃はドームの土台部分に環をはめて、
ドームの破裂を防ぐ工夫がなされたから
バットレスなしでドームを設けることが可能になった。

バロック最盛期のベルニーニをはじめ
荘厳な装飾や天井画と共に、
建築に携わった先人たちの技術の結集だ。

この下には教皇たちの石棺が置かれ、
そのまた下には、古代ローマ時代のネクロポリスがあるんだけれど、

大聖堂内は、教皇たちの墓碑で飾られ、
まるで彫刻美術館のようでもある。

tucasa_rome_ 3356_R.JPG数々の彫刻の中でも印象に残っているのが、
アントニオ・カノーヴァの二人の天使裸像。

ウィーンにあるマリア・クリスティーナ墓碑の
死を悼んで俯く参列に共通する表現力だ。

フランスとハプスブルク家のイタリア戦争と
政変のさなか、ミケランジェロは21歳の時に

故郷のフィレンツェを離れてローマに来て、
最初の傑作「バッカス」を制作する。

それを見た枢機卿が「ピエタ」の制作を依頼して、
25歳の時完成している。

tucasa_rome_ 3328_R.JPG聖母の若さは、
永遠の清らかさを表現したとのことだけれど、

唯一自分の名前を刻んだ
聖母の胸の文字は見えないほど、
遠くのガラスの向こうに佇む存在感は、

石から彫り出されたことを忘れてしまうほど、
作品というより体温を感じて惹きつけられた。

ミケランジェロが再びローマに呼ばれたのは、
ユリウス2世の廟の制作依頼だった。

制作の途中で、システィナ礼拝堂の天井画を制作するように強要される。

ユリウス2世はチェーザレ=ボルジアを失脚させた人物だ。

「天地創造」の天井画は32〜37歳の時に制作した。

ヴォールト天井の形状を生かしつつ、見上げる人の目線を考慮して
絵の一部が建築の延長のように錯覚させる見事さがある。

フレスコ画は漆喰を塗って、
濡れているうちに下絵から陰影などの細部まで
描ききってしまわなくてはいけない。

フレスコ画の師匠、ギルランダイオも内部装飾に参加しているんだけど、
壁に描かれたカーテンは、最初絵だとは気づかなかった。

今年は奇しくも、ルターが免罪符の発売に疑義を呈して
500年に当たるけれど、宗教改革やローマの劫略などの時代を経て、

今度はクレメンス7世がミケランジェロに
システィナ礼拝堂の祭壇画を描き換えるよう命じる。

後継のパウルス3世も祭壇画を切望し、
還暦を過ぎたミケランジェロは「最後の審判」を完成させた。

tucasa_rome_ 103_R.JPGこの礼拝堂の内部に
どれだけの時間留まれたのかは
定かではないけれど、

濃密な時間だったことは確かだ。

そういえば、ユリウス2世に
ヴァチカン宮の室内装飾や
壁画を依頼されていた

ラファエロが描いた「アテネの学堂」がある。

同郷のブラマンテが構想した大聖堂の景観を思わせる、
ルネサンスを感じる印象的なフレスコ画だった。

つづく。


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2017年09月27日

チョイ住み in Rome 1

イタリア人は、個人の部屋以外は家の中も街の中も
さほど大差ない空間領域として生活しているようだ。

だからこそ自分たちの暮らす街を大切にし、
魅力ある街の暮らしをみんなで守ろうとする。

それは自分の家だけ魅力的にしても実現しないという
自治都市共同体を重んずる精神だ。

そんなイタリアのまちづくりという視点で
今回現地を訪れる機会に恵まれた。

紀元前の共和制時代の遺構は見られないけれど、
ヴェスピオ火山の噴火で埋もれた
ローマ時代の都市ポンペイの発掘によって

紀元前の街に市役所や大劇場、
2万人収容の円形闘技場などが見つかり、
道路は石で舗装され、各住居には水道が引かれていた。

日本の弥生時代に、ほぼ現代社会が出来ていたのだ。

ガラス容器の起源はメソポタミア文明だけど、
型枠のいらない吹き技法が、紀元前1世紀にシリアで開発されて、
ローマの属州に取り込まれたことで、窓ガラスが登場する。

tucasa_rome_ 3156_R.JPG古代ローマ人の生活を快適にする叡智と
インフラ建設を可能にする高度な技術。

パンテオンやコロッセオのように
コンピューターや重機のない時代に、

現代でさえ困難な大規模建造物が
1900年前のまま建っている現実を
目の当たりにすると

過去の先人たちへの尊敬の念が自ずと湧き上がる。

切石の集積で大きな開口部を作れるアーチを編み出し、
アーチを立体的にしたヴォールト天井は、
既にコロッセオで見られる。

楕円形の外壁面は、アーチが3層積み重なり、
アーチの間にギリシャのオーダーに従って
ピラスターで壁面装飾していて美しい。

悠久の時を廃墟となって風雪に耐え、
採石場となって建材に転用され、戦場となっても
圧倒的な存在感を放つ巨大な建築だ。

古代ローマ人は、やはりメソポタミア文明に始まり
ローマにもたらされた煉瓦や
砕石と火山灰のローマンコンクリートを使って強度を出した。

tucasa_rome_ 099_R.JPGローマには、パンテオンやアッピア街道など、
有力者が私財を投じて建設された例も
少なくない。

パンテオンの基礎構造や壁の厚みの計算、
一番厚い部分で約6.2mあるけれど、

材料を工夫して使い分け、下層のトラバーチンから
クーポラの上層は骨材を軽石に変えて薄くしてある。

クーポラを支えるドラムの壁の厚みは約7mあり、
5層の格天井の建築的工夫によって
円形の天窓を実現していることなど

古代ローマの人知、学問の高さ、
高度な技術には舌を巻く。

ハドリアヌス帝には、シリア出身の石工や
東方の属州から来た建築集団が付いていて、
構造力学や立体幾何学に明るい彼らがすべて形にした。

ハドリアヌス帝は現代の建築家に近いかもしれない。

tucasa_rome_ 058_R.JPG僕はこのパンテオンが一番好きなんだけど、
建物自体が巨大な日時計になっていて、

4月7日頃と9月2日頃の年2回、
太陽の神アポロンと天空の神ユピテル

を祀る壁龕(へきがん)のアーチに
天窓からの円形の光が重なる。

天文学や暦を自在に操る建築。

帝政時代が始まった紀元前27年に
カエサルの養子アウグストゥス帝に献呈した
ウィトルウィウスによって書かれた「建築書」に

建築家は、幾何学に精通し、音楽を理解し、
星学あるいは天空理論の知識を持つこと、とある。

そういえば、カエサルが計画して
アウグストゥスが完成したマルケルス劇場は、

二千年を経た現在も何家族かが暮らす建築物として
今も使われていて、毎日横を通って眺めていた。

「ローマを知るには一生では足りない」

つづく。

司建築工房

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2016年04月02日

ハワイで再びオシポフ建築

今回もハワイの建築家との交流を通じて
興味のある建築を見て廻った。

1459574461.jpgオバマさんの出身校プナホウ・スクール内に
オシポフのチャペルがあると聞いて早速。

池の蓮は元々群生していたらしい。
池から自然に生えたような建築を
目指したのだろう。

シンプルな屋根を掛けたチャペルは、
池の一部が内部まで取り込まれていて、
池側と陸側で屋根の材料が違うのが面白い。

1459574660.jpg内部では2か所の色ガラスを通した光と
説教壇にトップライトの光が降り注ぐ。

広大なキャンパスの敷地には見事なツリーや
南の島の色鮮やかな花々が咲いていた。

1459574590.jpg蜜に集まる蝶や蜂ならずとも
多様な花に吸い寄せられる。

甘い香りのプルメリアや
シェルジンジャー。

1459574550.jpgブーゲンビリアのピンクは
実は包葉で、
花は可憐な白。

他にも、黄色い大きなラッパのような
カップオブゴールド。
ピンクシャワーにピカケ、ジャカランダ。。。

今回ステイしたレジデンスのすぐ下にも
オシポフ設計の住宅があった。

道路沿いは駐車場と玄関と一部屋が
陸屋根にして低く佇み、
屋根にはユニークな換気扇がいくつも立っていた。

奥に行くほど山の斜面に合わせて下へ広がり、
眺望を独り占めする感じは
僕のステイ先の平面構成と同じだ。

1459574713.jpgオシポフのワード・IBMビルの
ブリーズソレイユはリノベ・再開発されて今でも健在だ。

建物の用途、場所性に応じてデザインと仕掛けを変え、
風を読み、光を操る。

たまたま草間弥生さんの水玉アートが展示されていた。


ダウンタウンには歴史的建造物が集まっている。

外国の国家元首として初めて日本を訪れ、
皇室との縁談・同盟を望んだカラカウア王は、

当時のハイテク技術を駆使して、
イオラニ宮殿を建てた。

日本びいきの王は、勤勉な日本人を求め、
明治元年から日系移民を受け入れている。

1459574791.jpg1959年(昭和34年)ハワイ王国は、
アメリカ合衆国の50州目として併合された。

その北側に1969年に建てられた
ハワイ州政府ビルは名作だと思う。

ここにハワイ州の紋章に刻まれた言葉がある。

「大地の生命は正しいものに永遠に宿る」


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2015年10月21日

鉄とガラスの摩天楼

再びNYへ帰ってきた。

ミース設計、1958年竣工のシーグラムビル。

1445363077.jpg斜線制限を逃れて
シンプルなガラスの箱のビルにするため、

通りから大きくセットバックしていて、
通り側は水面のある広いプラザになっている。

ヨーロッパの広場の景観や
ルネサンス期以降の街造りの手法と同じで、

建築を正面から引いて鑑賞できるように配置している。

防火性能の規制の中、本来の構造材は隠すものの
H鋼の縦のラインとブロンズの横のラインで、
構造材を剥き出したように見せるデザイン。

カーテンやブラインドを使用しない徹底ぶりで、
夜になると窓から透過する室内照明によって
建築が行燈のように美しい夜景を見せてくれる。

ミースの規則正しいモダニズムを貫いた超高層ビルは、
端整で美しく景観に対する配慮があるのでした。

1445363147.jpgこのビルの中に
フォーシーズンズレストランが入っている。

紅葉した木が飾られていて、
秋を表現されていた。

マークロスコはこのお店のための
壁画を制作したけれど、相応しくなく断念した。

僕はロスコの抽象画が好きで、
MoMAのショップで本を見付けた。

1445365079.jpg話のネタは尽きないけれど、
NYには写真に収めることをあきらめるほどの

芸術的なレリーフや
デザインが溢れていた。

日本に戻って、今回感じ取った刺激を
今後の建築道に生かしたいと思う。

帰国の前晩は嬉しい交流もあり、
NYで頂く友人の作ってくれたおでんは
身体に染み入った。


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2015年10月18日

ペンシルベニアでライト建築を堪能

落水荘までの手段は
朝一番でレンタカーを借りた。

左ハンドルのクライスラーJeepを
ナビの案内でハイウェイをかっ飛ばす。

1445358192.jpgハイウェイを降りると
道の両側は紅葉した樹々や小麦畑、

牛を放牧したなだらかな丘が連なる
雄大な景色。

途中車を停めて
写真を撮りたい衝動に駆られた。

2時間で着くと聞かされていたけれど、
はやる気持ちか、1時間20分で無事到着した。

1445358224.jpgまずはじっくり外部見学。
木々の縦のラインに落水荘の横のライン。

カウフマン夫妻は滝を眺められる場所に
建てようと思っていたけれど、
ライトは滝の真っただ中に建てた。

ピッツバーグで産出される
鉄、石、木、コンクリートの素材で作られた。

カウフマンの息子は朝起きると川へ降りて
おしっこをするのが常だったという。。。

写真集で見てきた内部空間のディテールを
わりとじっくり見ることができた。

建物はすべてに亘って設計者の考えの集積で、
ライトがした仕事に想いを馳せ敬意を抱く。

たぶん若い時の自分なら読み取れなかったであろう
多くのことを感じ取ることができた。

あでやかに紅葉した自然に似合う佇まいだった。

1445358244.jpgそこから車で15分の処に
ライトがユーソニアンハウスとしては

最後の作品となった
ケンタックノブがある。

圧倒的な自然の中に建つ住宅は
地元で摂れる木と石で造られた愛おしい建物だった。

自然の中に平屋で低く水平に展開するのは美しい。

グリットによって統一された
椅子やテーブル、本棚、クローゼットに至るまで
自然との調和と素材の美しさを堪能できる建築だ。

ここにライトは一度敷地を見に訪れただけとのこと。

これだけの設計を創造できるライトは
やはり凄い方だ。


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2015年10月17日

鉄鋼で栄えたピッツバーグへ

ニューヨークまで来たので、少し足を伸ばして、、、

ピッツバーグで鉄鋼業により
世界最大の収益を上げ富を築いた
鉄鋼王アンドリュー・カーネギー。

1910年代には全米で生産される鉄鋼の
1/3〜1/2がピッツバーグで生産された。

1445352516.jpg1920年秋、世界初のラジオ放送が
開始されたのもピッツバーグだ。

街を歩くと歴史的建造物が数多く残る。


これから見学に行く落水荘のオーナー、
デパート王カウフマンのデパートも
ピッツバーグのランドマークだ。

1445352388.jpgそんな街の中心地にある
煉瓦敷きの道路沿いに1916年に建設された
歴史的なホテルに滞在した。

ホテルの前は公園になっていて、
道路の突き当りに由緒ある建物を配置する
ヨーロッパの街造りと同様に、

建築を正面から鑑賞できるようになっている。

大切な授賞式やパーティーに使われる
ここのエレガントなロビーは、

最近の超高級ホテルでは味わえない雰囲気があって、
街の文化遺産だ。

連なるレストランも格別のセンスがあった。

1445353135.jpgマンハッタン同様、
第一次世界大戦真っただ中に

このような素晴らしい高層ホテルを
建てる技術力を持っていたアメリカ。

ルームサービスを頼むと
It’s me ! 

明るくフレンドリーなスタッフが
テーブルと共に運んできてくれた。

アイスホッケーの試合の日には、
ピッツバーグペンギンズのユニホームを着た
カップルが大勢街に繰り出すのでした。


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2015年10月14日

ニューヨークの美術館巡り

フランク・ロイド・ライト設計のグッケンハイム美術館。

1445271838.jpgなんと曲線のエレガントなこと。
人の心を高揚させる建築だ。

スパイラルを歩きながら
特別展のアルベルト・ブッリの

素材感のある抽象作品を眺めて、
頂上まで登って行った。

観る方向によって変化する造形は
建築自体がアートだった。

メトロポリタン美術館。

1445272119.jpgロンドンの大英博物館、
サンクトペテルブルクのエルミタージュ、

パリのルーブルと並ぶ
ニューヨークの文化遺産だ。

ギャラリーの数は世界最多を誇る。

自分の好きなセクションめがけて、
ヨーロッパ絵画を主に楽しんだ。

芸術空間を楽しむ室内空間のみならず、
街を楽しく美しいものにする外部空間が
都市に活気と憩いを与える効果をあげる。

上の二つはセントラルパーク沿いにあって、
容積率が1500%のマンハッタンにあって、

潔いほど気持ちの良い広大な緑が広がって
都会のオアシスになっている。

都市計画として賢明だったと感心する。

NYには街中に広場や小さな公園があって、
5番街沿いにあるロックフェラーセンターは
敷地の一部がサンクンガーデンになっていて、

屋外でありながらビルの壁で囲まれた室内のような
質の良い閉鎖空間になっているし、

ワシントンスクエアーのように周辺の道路と一体化した
オープンな憩いの場もある。

ヴェストポケットパークという言葉はNYで始まったんだけど、
パレイパークという滝の壁がある小さな公園にも偶然出会った。

都心のコンビニのように街路から身近に立ち寄れる
憩いの公園の存在がどれほど街を魅力的にすることか。

NY市民の外部空間への意識の高さがうかがえる。

ヨーロッパでのルネサンス期以降の外部空間の手法を
思いがけずここNYでもたくさん発見したのでした。

セントラルパークに限らず、マンハッタンを歩くと
犬を散歩する人とよくすれ違ったけれど、

実に躾けがされていて、主人の前を歩かないし、
すれ違う通行人に寄っていくことも吠えることもない。

マンハッタンは様々な人種と出会い、
世界のあらゆるメーカーの車が走る刺激的な街だった。
ちなみに軽自動車は走っていない。

そして銀行でお金を引き出すのは
ドライブスルーだ。

ハドソンリバー沿いの丘の上に建つクロイスター美術館。

1445276247.jpgフランスの12世紀から15世紀の
荒廃した修道院跡の彫刻や建築廃材を買い集めた
アメリカ人彫刻家のコレクションを

ロックフェラー2世が購入し、
自身のコレクションと共に
メトロポリタン美術館に寄贈した。

中世のものがないアメリカに古いものを持ってきて、
公共のために私財を投じるアメリカ富豪の
文化的芸術的価値観は賞賛に値する。

ローマ時代からの石工の技術の継承による
ルシヨン地方のクロイスター(回廊)の何とも言えない安らぎや

ステンドグラスの光と素敵な造形の窓のふるまいは
うっとりしてしまう。

ドアの彫刻や丁番や取手、階段の手すり、
機械工具のないひとつひとつ職人の手による温かみは、
機械化された現代社会に生きる僕らを幸せな気分にしてくれる。

そういえば、ニューヨークの5番街はパレードで混雑していた。
コロンバスデイだ。
イタリア系の人たち、ゴッドファーザーの世界。

イタリア人であるコロンブスが
アメリカ大陸を発見したことを祝い、
祝日になっている。

しかし、略奪と殺戮の歴史を学校でも学ぶためか、
リベラルなニューヨーカーでさえ、
侵略者を祝うことに反対の意見を持つ人は多い。

先住民の日にするべきだ、と。

ニューヨークの話題は尽きないので
この辺で。


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2015年10月11日

ニューヨークは歴史的建造物の宝庫

この度、僕のクライアントの店舗が
ニューヨークにオープンした。

1445266620.jpg場所はマンハッタンのソーホー地区。

1800年代後半から建てられた
キャスト・アイアン建築群と石畳が残る
歴史保存地区になっている。

店舗は1900年に建てられた
煉瓦造の建物の改装だ。

1445266885.jpg煉瓦はもちろん残さなければならず、
ニューヨーク市の歴史建造物保存委員会が、
登録建造物へ規制を与えて、保護している。

1910年ギリシャ神殿のように列柱が並ぶ
ペンシルバニア駅が完成したんだけど、
マディソン・スクエア・ガーデン建設のために
1962年取り壊されてしまった。

これが歴史的建築保存運動のきっかけになって、
この反省に立って、1871年に完成したグランドセントラル駅は、
高層ビル建設のための取り壊し、再開発計画を免れた。

1445267385.jpgニューヨーク滞在中は
毎日のように利用したグラセン駅。

古い建物がいかに人を癒すことか。
こういう建築は人類の宝だ。

高層建築は1900年頃から建ち始め、
1920年代にはすでに摩天楼が隣立していたマンハッタン。

マンハッタンの北からバスでずっと南下すれば、
車窓からは1900年初頭の古い歴史的建造物の街並みが見える。

1860年に火災避難口として法令が定められた外部階段が、
街並みに一体感を与えている。

第一次世界大戦の戦場にならなかったアメリカは、
より良い生活を求めた移民を迎え入れる自由の国。

ジョブズのお父さんもシリアからの移民だった。

巨額の賠償金を課せられ急激なインフレに苦しむドイツ。
その一方で人々の欲望が時代を動かし、
大衆社会のルーツとなったマンハッタン。。。

地下鉄工事や高層建築等
移民や黒人の人々が繁栄の20年代を支えた。

1445270198.jpg今でも近代建築の方が少ない印象だ。

そしてタイムズスクエアーは別として
商業看板がほとんどないから
街の景観が美しい。

日本の街中に乱立する野立て看板や電車内の吊り込み広告など
日本人の公共空間に対する美意識の低さを改めて感じる。

西欧では醜い看板を出した会社の製品を買わない
不買運動をすると聞いた。

工業製品の建築や無神経な街並みは
その国の文化を映し出してしまう。



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2014年11月15日

足助の街並み視察

昔横浜で、フェリーチェ・ベアトというカメラマンが撮った
幕末の日本の風景写真を見て、
なんて美しいんだろうと思ったことがある。

外観の仕上げが同じ家屋が連続した街並みは
中世のヨーロッパの街並みの美しさに負けない
世界のどこにもない独自の風景だった。

香嵐渓で有名な足助には、
江戸時代の家屋が多く残る街並みを
保存した地区がある。

201411143751.jpg昔は三河から信州を結ぶ中馬街道の
交易物資の中継点として栄え、
おのずと資本が集まり、有力な豪商が現れた。

街道を挟んで山側は、山に向かって
家屋が立体的に階段状に連なり、

川側も段々敷地を下げつつ
中庭や家屋が連なりながら
川に至るという構成が面白い。

川沿いの石組の街並みは日本でも数少ない風景だろう。

201411143766.jpgしころ葺きの屋根、漆喰塗籠造、
下見板の壁が連なる街並み。

車が入っていけないような小路。
昔の銭湯や映画館も残ってる。


僕は日本独自の貴重な文化財保存の仕事に携わる。

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2013年06月05日

ハワイでオシポフ建築を堪能

今回のハワイ滞在中は、
車で色んな建築を案内して頂いた。

1453634783.jpgなかでもタンタラスの丘に建つ、
ウラジミール・オシポフ設計の
リジェストランド邸は印象深かった。

1950年代の自然素材で建てられた建物の
心地良さは普遍的だ。

高低差を生かした空間構成や
外の自然を取り込む開放性、

装飾を排除したどこか日本的な住宅にも思えて、
とても落ち着ける。

絵画や書籍の中にも東洋の文化が溢れていた。

オシポフは幼少期を日本で過ごしていて、
大工をはじめ建具など日本の職人を連れてきて、
この建築を建てた。

見れば見るほど、
色んな工夫や細かい配慮が見て取れ、

お施主の時間をかけて熟考した
並み外れた熱意に頭が下がる。

例えばリビングのラグを決めるだけで
1年超を要したらしい。

キッチンのワークスペースとしての
見事な機能性のアイデアの集積には敬意を表す。

1453634800.jpg壁に使われたグレーがかった
モンキーポットの木に惚れてしまった。

自然のただ中で、
樹のような威厳と品位を示す有機的建築。

人は労力を注ぐほど、
それを愛して大切にする。

リジェストランドハウスの
心地よい愛着は今も心に刻まれている。


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2011年05月15日

ソウル建築視察

Scan10040.BMP今グローバルに活躍する建築家が
ソウルに押し寄せているんだけど、

仕事が暇になった隙に、ちょっとソウルまで。

一番見たかったのは、ザハ・ハディド。
イラク出身の女性建築家だ。

最近では2010年5月に中国の広州オペラハウスがオープンして、
2012年のロンドン五輪の水泳センターが今建築中。

Scan10041.BMPソウルで建築中の東大門デザイン・
プラザ・パークを見てきたんだけど、

建築物の概念を逸脱した
有機的なフォルムは、

ガンダムのザクのような、直線が一つもない、
建築というより彫刻だ。

これを現実に構築していくために、
職人にどう図面で伝えるんだろう。

構造計画とそこから3次元の曲線のフォルムを作るための肉付け。

Scan10042.BMPドミニク・ペローの梨花女子大学
キャンパスセンターも見てきた。

内部空間は想像と違ってて、
建築は実際足を運ばないと
分からない。

情報を知ることと感じることとは、雲泥の差がある。
そうつくづく感じた旅になった。

そういえば、東大門には日本語で、
隣国日本の被災者へのお見舞いの横断幕があった。

カムサハムニダ。


Time after time


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2010年12月09日

東京建築歩き

PC084239.JPGザ・ペニンシュラ東京のロビーやフロントは
左官による石膏磨きや版築になっている。

6階のスパには
堀木エリ子さんの和紙作品があり、

独創的な曲面のフォルムと
灯りとして透かした質感を観る。

東京オペラシティのアートギャラリーにて、
フランスの世界的建築家ドミニク・ペロー展。

Scan10010.BMP日本での作品、
大阪富国生命ビルがちょうど今日
12月9日グランドオープンらしい。

敷地を建築の素材と考えて、
地形を変容させて、ヴォイドを生み出したり、

建築の壁やファサード、屋根という用語で
定義されない建築、
ランドスケープを形作っていくという考えに触れました。


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ジョサイア・コンドル建築

相田みつを美術館にて、好きな言葉のひとつー
「しあわせはいつも自分の心がきめる」

人と比較して感じるものでもなければ、
何かがないと感じられないものではない。

PC084194.JPGさて、ジョサイア・コンドル建築、
三菱一号館。

昭和43年に解体されたんだけど、
2010年春、忠実に再現されて、


同じ場所に美術館とカフェとして蘇り、
当時の雰囲気が味わえる。

加治屋さんのハンマーひとつで復元された避雷針。
木彫を施した下地に銅板金で成型されたドーマー窓。

江持石小叩き仕上げに彫刻された窓枠。
天然スレート屋根。
階段や窓格子の鋳鉄。

PC084205.JPGひとつひとつ木枠に粘土を叩き締めて
脱型して焼いた、230万個の煉瓦。

それを明治時代の耐震技術である帯鉄を敷設して
イギリス積みで積んである。

江戸時代、丸の内は海だったため
約1万本の松杭が打ち込まれていたけれど、

今回は基礎躯体の上に免震装置を備えている。

カフェとして生まれ変わた
天井高8mの旧銀行営業室は

内部の重厚な木彫の装飾と
漆喰壁の滑らかな肌触り、

白熱灯を柔らかく反射した本物の質感は
やはり魂に響く。

PC084207.JPG美術館では抽象絵画の先駆者である
カンディンスキーと青騎士展がやっていて、

初期の風景画から
色彩と幾何学のリズムに変貌して、
やがて目に見える形ではなく、

精神的なものを色彩で描いていく変遷に
興味深いものがありました。


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2010年11月15日

東京研修親睦旅行

建築士会豊橋支部のバス旅行に参加した。

行きの車中では「ALWAYS三丁目の夕日」。
東京タワーが完成した昭和33年の
東京下町の風景と人情がある。

江戸東京博物館では江戸の町や文化を見学。
原寸の木組みの日本橋があったり、

昭和の貴重な展示もまた
三丁目の夕日とラップする。

PB154201.JPG東京の下町に建つ
スカイツリーの三角形の足元へ。

一番太い鉄骨が直径2.3mで
厚みが10センチなんだとか。

この鉄骨柱1ヶ所溶接するのに、
職人4人で丸3日かかるらしい。

それでも東京タワーのような
4本足を広げた形ではなくて、

634mのタワーの足元としては
スレンダーなプロポーションだ。

自由行動は浅草演芸ホールで落語を楽しんだ。
話芸も出囃子も着物も個性があって、
漫才や曲芸もあっていい時間を過ごせた。

PB144131.JPG夜は屋形船で貸切の宴会。

隅田川を下り、
ブルーライトの東京タワーや
レインボーブリッジ。

台場メモリアルツリーが点灯した
お台場の夜を過ごす。

二日目は今龍馬伝でお馴染みの
岩崎弥太郎の旧岩崎邸へ。

PB154150.JPGここには日本で最初に
建築設計事務所を開設した
ジョサイア・コンドル設計の洋館がある。

地下室付きの木造2階建てで、
イギリス17世紀初頭の
ジャコビアン様式で建てられている。

内部は天井高4.2m、
細部までデザインされた意匠の暖炉や
スチーム暖房機が全館に配備されている。

PB154205.JPGドイツのクロンベルクに行った時の
シュロスホテルを思い出した。

内開き窓の雨じまいのディテール、
ベランダのディテール、
床の木組、金唐革紙の壁等見どころ満載だった。

東武ホテルレバント東京の
24階のレストランから
スカイツリーを見ながらの昼食。

スカイツリーを眺めながら用足しをする。

PB154242.JPGラチストラスとリベットの
東京タワー・特別展望台から
東京の景色を見て、

帰りの車中は「続・三丁目の夕日」に
涙が頬を伝わる。

ヒロミねーちゃんが引き返してきた感動のシーンで、
「ハイ、一旦ビデオを止めさせて頂きま〜す」
というガイドさんのご案内は、記憶に残る旅となりました。


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2010年08月13日

愛知県芸大キャンパス

シンボルである講義棟は、
コルビジェに傾倒した丹下健三の
広島平和記念資料館を思わせて、

シンプルで気持ちいい住宅作品とは違って
近代建築の表現法を組み込んだものだ。

今年に入って新聞に何度か施設整備の記事が載って、
関心を払ってたんだけど、

このプロジェクトに携わった永田先生との出会いも手伝って、
見学会や施設整備ビジョン検討会にも参加して、
今の現状や問題点がわかってきた。

スクラップ&ビルドではなくて、
整備の方策やこれからの維持管理のことなど、
芸術の薫りと共に大切な遺産を持続させたいものだ。

P7112008.JPG実際訪れてみると、
まず丘の上に講義棟が見えてくる。

丘陵の自然の形状をほとんど損なわず、
丘の上にキャンパスが
間を取りながら配置されていて、

街の喧騒から離れて、芸術に勤しむ
緑や空との対話空間といった感じだ。

内部では至る所に
ルイス・カーンを思わせるトップライトの光。

建築の創作の場でもあったかのような
遊びに満ちた建築群だ。

音楽レッスン室の天井の
音響反射板のディテールはユニークで、

外人公舎は廃墟だったけれど、まさに吉村イズム。

旧女子寮はロックフェラー邸の骨格を彷彿させる感じで
机やベットがしっかり造り込んであった。

もしかしたら今しか見られなくなるかもという想いで、
しっかり空間を記憶しようと廻ったのでした。


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